松本純の奮闘記

随時更新

トップへ 奮闘記目次へ 「松本純レポート」目次へ

二人から私は深く学んだ 信頼の絆は固い握手から・・・

▼和やかに 旭日大綬章受章祝賀会開催

松本純レポート12月号発行

旭日大綬章受章祝賀会プログラム
旭日大綬章受章祝賀会来賓席次表

 

▼純レポ2026

松本純レポート1月1日号

松本純レポート1月23日号

  【総選挙2026】回想録12話

近況報告

211()曇り一時雨 建国記念の日
1100〜【政務】来客面談/野毛事務所


210()晴れ時々曇り

0900〜【事務】事務所打合せ/野毛事務所

1430〜【政務】来客面談/野毛事務所


29()晴れ

0900〜【事務】事務所打合せ/野毛事務所

1000〜【選対解散】選挙結果報告会/神奈川県塗装会館

開票から一夜明けて選挙結果報告会が行われました。坂倉徹選対本部長、川本守彦選対事務局長、自民党神奈川1区県市議団体の挨拶後、

初当選を果たした丸尾なつ子氏より、「今日、ここにお集まりいただきご報告できることを嬉しく思っています。この選挙は、私はひたすら明るく元気に楽しくやらせていただきました。そう出来たのは周りの皆さまのお陰だと思っています。昨年4月に支部長に就任してから政治の世界は初めてで全く右も左もわからない中、前任の松本純先生、県市会の皆さま、本当にわからない新人に教えていただきました」と話され選挙戦を振り返られました。そして「この121899票、この数字の重みを昨晩から感じております。私は未熟だ、新人だと言うことは終わりにして、しっかりと自分の足で皆さまからお声を聞きながら、そして指導をいただきながら一歩一歩、地道に歩んで行こうと思います。私自身、自分は経済産業省出身で経済をやって行きたいと思いもあります。また前任の松本純先生がやって来られた国民皆保険制度の堅持、社会保障制度、こうした制度をきちんと構築していく。この事も経済と社会保障を両輪で進めて行く必要があると思っています。自分自身、しっかりと勉強しながら政策を進められる議員になって行きたいと思います。丸尾なつ子、これからがスタートで第一歩です。」と決意報告が述べられました。(秘書森報告)

1800〜【政務】通夜:故西堀文章氏/ルリエ宮川町

野毛地区連合青年会のメンバー、中区花咲町2丁目の西堀文章さんの通夜がルリエ横浜宮川町で営まれました。真純夫人とお別れにうかがいました。子之大神例大祭の時の遺影に涙が止まりませんでした。桂子夫人から「文はおしゃれだから、亡くなる日の朝も髭を剃って、眉毛も整えて綺麗な顔しているから顔を見てってください」。本当に綺麗なお顔で眠っているようでした。
早過ぎるよ、ぼりちゃん。(秘書:平木報告)


衆院選2026 終了

第51回衆院選 1月27日(火)公示〜2月8日(日)投開票

自民党が歴史的大勝!

  【総選挙2026】回想録12話


28()雪後晴れ 投開票日

51回衆議院総選挙投開票日

1100〜【選挙】投票無事終わりました/本町小学校

雪です。いつも元気な赤ちょうちんも今日ばかりは寒そう。

投票所の本町小学校に到着しました。

感染症に厳重に注意しながら、また地元の皆さんのご協力を得て、無事に投票が終わりました。お世話になった皆さん、ありがとうございました。

1500〜【政務】打合せ面談/野毛事務所

●1700〜【政務】打合せ面談/野毛事務所

2000〜【選挙】選挙結果確認/神奈川県塗装会館

51回衆議院解散総選挙で自民党神奈川1区・丸尾なつ子候補の初当選が決まりました。NHKの開票速報開始し早々、画面に当選確実が速報され歓声と拍手が湧き上がりました。
川本守彦選対事務局長報告に続いて万歳三唱が行われ、坂倉徹選対本部長と前自民党神奈川1区支部長・松本純の代理として真純夫人より挨拶がなされました。次に花束贈呈があり、丸尾候補から初当選の喜びと支援をいただいた全ての方々に感謝を述べられました。本部事務所の磯子区ダルマに目入れが行われ、全員による勝どきが挙げられました。(秘書森報告)


27()曇り 衆院選K/12日間

北方領土の日

0900〜【事務】事務所打合せ/野毛事務所

1730〜【選対】個人演説会・小泉進次郎来たる()/並木ビアレヨコハマ新館2F

選挙戦最終日、並木のビアレヨコハマで小泉進次郎防衛大臣を応援弁士に招いて丸尾なつ子候補の最後の個人演説会が行われました。丸尾候補は力強く決意を訴え、小泉大臣からは激励と応援を受けました。(秘書森報告)

議員の最も大切な仕事は、選挙だ (回想録)

Political Advisor 松本 純

【総選挙202627()K/12
12(最終話):若き政治家に 期待する

地域の代弁者である「代議士」は、常に謙虚であるべきだ。

とりわけ、日本を代表する権限を持つ国政の政治家には、揺るぎない「品格」を持ってほしい。

麻生太郎師匠は、「選挙は最も大切な仕事だが、目的ではない。国政で働くための手段にすぎない。目的は、国家と国民の幸福な未来を築くことだ。評価はその後でよい」と。
選良としての道を歩むならば、おごり高ぶることなく、最初の10年は雑巾がけ、次の10年は中堅、さらに10年を経て一人前という立場をわきまえ、地元有権者との信頼を丁寧に築いてほしいと思います。焦る必要はありません。

特に「1期生は2期生になることが仕事です」。バッジをつけた途端に持ち上げられ、消えていく政治家を、私は数多く見てきました。

私の夢は、国民負担率への理解を深め、税と保険という二つの仕組みを堅持し、経済と社会保障が安定した日本を次世代につなぐことです。
そのために、若い政治家を育てていきたいと考えています。

頑張れ日本、頑張れ選良。

12日間お付き合いいただき、誠にありがとうございました。(松本純)


26()晴れ時々曇り 衆院選J/12日間

ミラノ・コルティナ冬季五輪開幕〜222

0700〜【選対】駅頭挨拶()/金沢八景駅〜辻立ち()/金沢区内

丸尾候補は金沢八景駅早朝挨拶後は金沢区の八景ローズマンション前、夕照橋、洲崎町交差点、町屋交差点、金沢区役所・公会堂付近、カメギ根公園で辻立ちを行いました。(秘書森報告)

0900〜【事務】事務所打合せ/野毛事務所

●終日〜【事務】原稿作成/野毛事務所

1600〜【選対】個人演説会・麻生太郎来たる()/川本工業本社8Fホール

自民党麻生太郎副総裁が丸尾なつ子の個人演説会に応援弁士として参加していただきました。残り2日間の闘い、最後まで頑張れとの激励をいただきました。(秘書森報告)

議員の最も大切な仕事は、選挙だ (回想録)

Political Advisor 松本 純

【総選挙202626()J/12
11話:日本の政治の安定と秩序を求めたい

日本は議院内閣制だ。現選挙制度では、政党間での闘いになっている。勿論無所属でも立候補できるが、制限が多く難しい闘いが強いられる。
多くの政党から立候補者が出て、ショート動画などでのアピールが多いと報道された。広い日本で、どのように地元有権者の意見・要望を聴いているのだろう。

法廷要件では、政党は5人の現職議員、直近の選挙で総有権者の2%以上の得票により認められており、多くの政党が挑戦することができる。それに異議はない。
7話でも触れたが、日本全国津々浦々を見渡せば、地方・都市部だけでも求める各地地元の意見・要望は大きく違う。

その一つひとつを聴き取り、集約し、政党本部が政策の取りまとめをすることになる。当然、全ての党員・党友が満足する答えは難しく、渋々ながらも納得・了承するという過程を踏んでいくことにより、日本国家の歩む方向を決めていく。大変時間をかけて民主主義を守って来た。

将来に禍根を残さない、後にあの決断が、日本の発展と幸福をもたらしたといえる政治に期待したい。


25()晴れ時々曇り 衆院選I/12日間

0900〜【事務】事務所打合せ/野毛事務所

●終日〜【事務】原稿作成/野毛事務所

1100〜【政務】来客面談/野毛事務所

1100〜【選対】街頭演説会・片山財務大臣来たる()/桜木町駅

丸尾なつ子候補の街頭演説会がJA桜木町駅で行われました。集まった後援会、友好団体、一般聴衆の方々に自民党街宣車「あさかぜ号」より全国中小企業団体中央会・森洋会長、自民党横浜市連・佐藤茂会長、脇雅昭参議、1区議員団紹介後に代表の関勝則市議が応援演説を行い、丸尾候補から国政と政策実現に臨む強い決意が訴えられました。続いて駆けつけた片山さつき財務大臣から高市内閣の実行実現力と丸尾候補の応援演説がなされました。(秘書森報告)

議員の最も大切な仕事は、選挙だ (回想録)

Political Advisor 松本 純

【総選挙202625()I/12
10話:ポジティブな麻生太郎師匠

町内会・企業・団体など組織に属する皆さんは、それぞれに気の合う仲間と諸課題を解決していく。当然、権力闘争・嫉妬の海と言われる永田町に派閥が無くなる理由が見つからない。

河野洋平自民党総裁が「派閥解消」を主張していた。信頼する宮澤喜一宏池会会長に仲間15人を預けていたが、宮沢会長の後継に加藤紘一会長を指名すると決断した時のこと、「直ちに宮沢会長に脱会届を提出」ということなり、私も退会届に署名した。そして河野洋平会長のもと「大勇会」が設立された。

麻生先輩が私に語ったことは、「いいか、松本。小さなグループを作るということは反主流派になること。つまり干されることだ。義理と人情とやせ我慢だな」。
ポジティブだと感動した一言は「うまい冷や飯の食い方を探そうぜ!」だった。

「大勇会」、「為公会」、「志公会」と徐々に拡大し、仲間の数も増え、主流派も無視できない存在になった。

この時学んだのは、政治理念とは勝ち続けること技術ではなく、干されても折れずに時を待つ耐える力だ。

長きにわたり経験・知見を持つ先輩の指導を受けられることは幸運だ。


24()晴れ後曇り 衆院選H/12日間

0900〜【事務】事務所打合せ/野毛事務所

●終日〜【事務】原稿作成/野毛事務所

■1430〜【選対】徒歩遊説()/イセザキ・モール

本日は中区DAY。丸尾候補は伊勢佐木モールの徒歩遊説を行い、往来する有権者の皆さんにビラの配布と握手を交わし、国政に臨む決意を訴えました。三原じゅん子参議に応援に来ていただきました。(秘書森報告)

議員の最も大切な仕事は、選挙だ (回想録)

Political Advisor 松本 純

【総選挙202624() H/12
9話:敬意を表する

189回通常国会開会はまずは「経済対策」の補正予算からスタート。「政治と金」で予算審議進まず、暫定予算を成立させた。私は「平和安全法制特別委員会」の理事として公明党の協力を得て成立した。「TPP特委」が立ち上がり審議開始。そして、衆院解散へ進み、2017年私は7期目に当選した。「森友学園問題」の取組みが難しかった。

2016年安倍内閣改造で国務大臣初入閣し、国家公安委員会委員長、海洋政策・領土問題担当大臣、国土強靭化担当大臣、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)、内閣特命担当大臣(防災)を兼務。当時議論した「深海6,000mの資源」が今実証に取り組まれている。

麻生先生の一言「今まで友として親しげに語ってきた仲間であっても、国会で首班指名された日本の最高権力者が誰であっても敬意を表すべき。前にも、横にも並ばず、常に二歩下がれ」
この後、二回の総選挙に無所属、自民党公認で挑戦するも惜敗し、松本純の議員キャリアは7期で終了した。

(参考)2017(平成29)1022日第48回衆院選挙(安倍総理)7期目当選
https://jun.or.jp/election/20171022-junS7.htm


23()晴れ 衆院選G/12日間

●終日〜【事務】原稿作成/野毛事務所

1200〜【街づくり】成田山節分会追儺豆撒き式(坂巻章宏副会長)/横浜成田山客殿

成田山の節分祭のご案内が野毛地区まちづくり会にありました。坂巻副会長に代理出席をお願いしました。

1030〜【選対】個人演説会()/真照寺

丸尾なつ子候補の個人演説会が真照寺で行われました。主催は松本純を支える会・純風会で、水谷栄寛会長より「ここで個人演説会を行うのは確か松本純さんと今回の丸尾なつ子さんだけだと思います」と皆さんに話され、丸尾候補の紹介と激励がなされました。丸尾候補は松本純の後任として国政に臨む強い決意を訴えられ、出席した方々から激励を受けました。(秘書森報告)

議員の最も大切な仕事は、選挙だ (回想録)

Political Advisor 松本 純

【総選挙202623() G/12
8話:信頼とは

前話の20121216日政権奪還総選挙の前のこと、926日に野党自民党の総裁選が行われた。麻生氏は安倍氏と共に日本を取り戻すために入念な作戦が進められていた。

総裁選の結果、一回戦では圧倒的に党員投票に強い石破氏が199141で安倍氏を上回るも過半数に届かず、 決選投票に入り、安倍氏が10889で勝利した。周辺では無茶な勝負と高を括っていたが、麻生氏の狙いは成功した。

そして安倍総裁のもと政権奪還にも成功し、第2次安倍内閣が動き出した。当然のことだが「政権の中心で安倍を支える」と財務大臣を8年にわたり務めることになった。

安倍総理は様々な課題に直面するたびに漏らす一言は「やっぱり(信頼できるのは)麻生さんだよね」だった。

国家課題としては、消費税8%実施へ決断、アベノミクスを本物に、集団的自衛権の憲法解釈を見直す、政治と金スキャンダル等の混乱などを乗り越え次期総選挙へ。

信頼は築き上げるものだ。

(参考)2014(平成26)1214日第47回衆院選6期目当選
https://jun.or.jp/election/20141214-junS6.htm


22()晴れ時々曇り 衆院選F/12日間

0900〜【事務】事務所打合せ/野毛事務所

●終日〜【事務】原稿作成/野毛事務所

0930〜【選対】街頭演説()/金沢八景駅下

金沢八景駅下で街頭演説会を行いました。長くお世話になっている「中華八景堂」の駒崎さんや行き交う有権者の皆様から激励を受けました。(秘書森報告)

1030〜【選対】辻立ち・徒歩遊説()/セブンイレブン六浦1丁目店〜三信住宅入口

六浦1丁目のセブンイレブンから大道〜朝比奈まで辻立ちと徒歩遊説を行いました。沿道や車中から手を振っていただいたり、大道ハイム前ではお世話になっている町内会の方々が集まってくれて激励を受けました。(秘書森報告)

1240〜【選対】辻立ち()/白山道中央T字路

釜利谷の白山道中央T字路で辻立ちを行いました。主に車通行の有権者に向けた活動となりました。(秘書森報告)

1400〜【選対】街頭演説()/アピタ文庫店前

アピタ金沢文庫店前で街頭演説を行いました。行き交う人々やバス待ちの方々に向けた活動で、丸尾候補は多くの有権者にビラを配布し握手を交わしました。(秘書森報告)

議員の最も大切な仕事は、選挙だ (回想録)

Political Advisor 松本 純


東日本大震災 災害対策 大槌町へ

【総選挙202622() F/12
7話:責任政党の責任

麻生総理は解散時泣いた。「皆、帰ってきてくれ」と。しかし、結果は、自民300119(181)、公明3121(10)、民主115308(193)で自公政権は野に下った。鳩山総理の誕生だ。

谷垣総裁のもとで党の立て直しが始まるが、職員の退職勧告のみならず、昼食会合時の弁当をおにぎりだけとするなど、できることは全てやり、党の維持を図った。
政党として認められる要件は次の5つだ。@本部ビルを持つ、A職員がいる、B定期刊行物の発行、C全国47都道府県に本支部を持つ、D本部には食堂を持つ(機密保持)、これらを整備して、政党といえる。

政府・民主党の矛盾点は「子ども手当」「普天間基地移設問題」等、責任をどう取るのか、また東日本大震災・津波被害・福島原発事故の甚大被害により、菅内閣退陣。民主党代表に野田佳彦氏に代わるが震災対策の議事録不作成や原発事故対応のお粗末さが露呈された。

自民党は総裁選挙で安倍晋三総裁誕生し、20121216日第46回衆院総選挙が実施され、総選挙325議席獲得し政権奪還した。

政党の責任は大きい。

(参考)2012(平成24)1216日第46回衆院選 5期目当選
https://jun.or.jp/election/20121216-junS5.htm


21()晴れ 衆院選E/12日間

0900〜【事務】事務所打合せ/野毛事務所

●終日〜【事務】原稿作成/野毛事務所

1130〜【政務】薬業界陳情来客面談/野毛事務所

1100〜【選対】辻立ち()/並木地区

並木相鉄ローゼン〜シーサイドタウン船だまりで辻立ちを行いました。郵便局長たちに偶然お会いし激励されました。(秘書森報告)

1330〜【選対】三原じゅん子参議と徒歩遊説()/金沢文庫駅東口〜

金沢文庫駅東口で駅頭演説会を行い金沢文庫すずらん通り商店街で徒歩遊説を行いました。三原じゅん子参議が応援に来てくれました。(秘書森報告)

1445〜【選対】辻立ち()/釜利谷地区

宮ヶ谷交差点〜レイディアントシティで辻立ちを行いました。車中から手を振っていただいたり、レイディアントシティではマンション内から手を振っていただいたり、多くの方たちに激励を受けました。

1550〜【選対】辻立ち()/六浦〜金沢八景

六浦のエステシティ〜金沢八景駅前〜瀬戸神社前で辻立ちを行いました。夕暮れの中、車中や沿道から激励を受け、丸尾候補は力強く国政に臨む決意を訴えました。(秘書森報告)

議員の最も大切な仕事は、選挙だ (回想録)

Political Advisor 松本 純

【総選挙202621() E/12
6話:口固く、課題は即処理、総理には忠誠を誓う

小泉純一郎総理のもと行われた結果は前話の通り。
郵政民営化に反対した自民党議員は公認を外され無所属となり、「刺客」と呼ばれる候補を立てられた。その後、自民党の立て直しには時間がとられた。

小泉総理退任後は、第1次安倍政権が誕生するが、2007729日参院選で歴史的大敗し、また1年程で病気のため辞任。次の福田総理もねじれ国会により任期1年を残し辞任。それを引き継ぎ麻生内閣が誕生した。

麻生総理は「早期解散」を使命として登場したが、世界経済を揺るがした「リーマンショック対応」を優先すべきと判断。G20を立上げ、世界に先駆けて「1千億ドル(日本円10兆円)」をIMFへ貸付ける決断したことが"世界のリーダー日本"の立場を上げた。

私は内閣官房副長官として全外交に同行し、全てを見てきた。総理の決断は厳しいもので、「どす黒いまでの孤独」の中で国家運営をしてきた。国益を考え、最後の決断は一人だ。

20098月、麻生総理は第45回総選挙を打った。私は辛くも4期目当選したが、結果はマスコミ世論の「一度民主にやらせてみよう」に負け、野に下った。

口固く、課題は即処理、総理には忠誠を誓う。

(参考)2009(平成21)0830日第45回衆院選 4期目当選
https://jun.or.jp/election/20090830-junS4.htm


131()晴れ 衆院選D/12日間

0900〜【事務】事務所打合せ/野毛事務所

●終日〜【事務】原稿作成/野毛事務所

1030〜【政務】来客面談(KD)/野毛事務所

1030〜【政務】葬儀:故今野登志恵氏(眞純)/本牧ホール

横浜市会議員補欠選挙初戦からお世話になってきた伊勢佐木町の今野さんが亡くなった。36年のお付き合いですから残念でなりません。ご冥福をお祈りいたします。

1100〜【選対】徒歩遊説(森)/根岸橋商店街〜

本日は磯子DAY。根岸橋商店街〜四間道路〜浜マーケットを桃太郎です。丸尾候補は途中で切り離しとなり、候補者不在となりましたが関勝則市議と新井絹世県議と回りました。(秘書森報告)

1315〜【選対】徒歩遊説(森)/磯子駅前〜

磯子駅前から徒歩遊説の予定を変更し磯子区役所前での辻立ちを行いました。丸尾候補は区役所前を行き交う人たちに手を振り、ビラの配布活動を行いました。(秘書森報告)

1500〜【選対】徒歩遊説(森)/洋光台駅前〜

洋光台サンモール商店街〜SHOP27〜オリンピック〜こども宇宙科学館〜杉田商店街〜ラビスタと桃太郎です。歩いて手を振り、走り回って握手、立ち止まってビラ配布と丸尾候補は元気一杯です。(秘書森報告)

議員の最も大切な仕事は、選挙だ (回想録)

Political Advisor 松本 純

【総選挙2026131() D/12
5話:バッジは手段

当選するや否や麻生総務大臣から、「お帰り。よし、早速家をやる。議院会館事務所の隣りが空いた。入れ。ついでに仕事もやる。総務大臣政務官だ」。それから2年連続の勤務になった。住基カードや郵政改革に取組んだ。「仕事をするには手段としてバッジが必要、しかしバッジは目的ではない。奢るな」と。

早速、年末の谷垣財務大臣との予算折衝。「大根」は、これから創り上げられる「ユビキタスネットワーク社会」構築のための「電子タグ」説明用。消防車模型は、「無人消防ロボット」だ。テロや大型火災の時に毒ガスを心配すること無く消火活動ができる研究は大事だ。
お茶目な麻生総務大臣は、目に見える説明用具「大根」と「模型消防車」によって予算獲得に成功。かつて無い手法だった。

200410月新潟県中越地震発生対応、そして20054月ころから郵政民営化議論が活発になり、いよいよ小泉劇場の開幕となる。

バッジが無ければ仕事はできない。

(参考)2005(平成17)0911日 第44回衆院選3期当選
https://jun.or.jp/election/20050911-junS3.htm


130(金)晴れ 時々曇り 衆院選C/12日間

0900〜【事務】事務所打合せ/野毛事務所

●終日〜【事務】原稿作成/野毛事務所

1000〜【選対】駅頭挨拶(森)/金沢文庫駅東口

京急金沢文庫駅東口で駅頭活動を行い改札口へ向かう方々に国政に臨む決意を訴えました。(秘書森報告)

1100〜【選対】辻立ち(森)/能見台ヨーカドー歩道橋上

能見台ヨーカドー歩道橋上で辻立ちを行いました。本人ビラ配布と握手がメインの活動となりました。(秘書森報告)

1100〜【政務】薬業企業W面談/野毛事務所

企業某社の今後の取り組みについて意見交換がなされました。

1140〜【選対】駅頭挨拶(森)/能見台駅

丸尾候補は能見台ヨーカドー歩道橋上から徒歩移動して京急能見台駅で駅頭活動を行いました。(秘書森報告)

1300〜【選対】駅頭挨拶(森)/京急富岡駅

能見台駅頭後は京急富岡駅で駅頭活動を行いました。(秘書森報告)

1355〜【選対】辻立ち(森)/富岡駅入口T字路

富岡駅頭から徒歩で富岡駅入口のT字路に向かい、車や人の往来に手を振って国政に臨む決意を訴えました。(秘書森報告)

1600〜【選対】個人演説会(森)/神奈川県塗装会館

小泉進次郎防衛大臣が丸尾なつ子候補の応援に駆けつけ、神奈川県塗装会館内の選挙事務所で個人演説会が開かれました。出席した支援者や友好団体、企業の皆さんに丸尾候補の必勝応援演説を行い、丸尾候補は選挙戦を全力で戦い国政に臨む決意を訴えました。(秘書森報告)

議員の最も大切な仕事は、選挙だ (回想録)

Political Advisor 松本 純

【総選挙2026】1月30日(金) C/12号
4話:落選から返り咲きへ

あれだけ「君たちの仕事は2期生になること」と言われ続けたが、森政権の2000年選挙で落選。政権支持率の低下、公明党との連立等、理由を挙げたら切りがない。結果は自らの不徳と受止め、直ちに復帰へ向け始動した。

まずは、地元にへばり付くこと。国会、党本部(落選議員の会以外)に一切顔を出さず、ひたすらに毎朝駅頭に立ち訴え続け、各種会合にも参加した34ヶ月だった。

そして、小泉純一郎総理のもと総選挙が行われ、「一区現象」を乗り越え復活した。

選挙中、記憶に残っていることは「終電アンニュイ作戦」。今でこそ誰もがやるが、朝駅頭でお見送りした場所で、有権者が帰ってくる夕刻から、一人でタスキを外し同じ場所で「お帰りなさい」と感謝を伝える。但し終電まで。その様子を見た有権者が「頑張って」とコンビニでわざわざ購入したパンと牛乳を差し入れしてくれた。目が合った瞬間、涙がこぼれてしまった。

有権者は見ている。

(参考)2003(平成15)1109日 第43回衆院選2期目復活当選
https://jun.or.jp/election/20031109-junS2.htm


129()曇り時々晴れ 衆院選B/12日間

●終日〜【事務】原稿作成/野毛事務所

0930〜【選対】街頭演説/らびすた前

衆院選3日目。磯子のラビスタ前で丸尾候補の街頭演説会が行われました。行き交う人や車に向かって手を振り国政に臨む決意を訴えました。(秘書森報告)

1100〜【選対】駅頭挨拶/磯子駅

磯子駅下と改札口へと続く歩道橋で活動を行いました。マンションに向けての演説や歩道橋を往来する方への訴えと握手に丸尾候補は忙しく駆け回っています。(秘書森報告)

1330〜1430【選対】街頭演説会/根岸駅〜東急ストア前

根岸東急ストア前で三原じゅん子参議が丸尾候補の応援演説を行いました。丸尾候補の演説後は根岸駅〜根岸駅周りの徒歩遊説が行われました。(秘書森報告)

1730〜【政務】日本医薬品卸売業連合会・日本薬業政治連盟懇親会/パレスホテル東京

(一社)日本医薬品卸売業連合会・日本薬業政治連盟共催懇親会がパレスホテル東京で開催されました。はじめに主催者の宮田浩美連合会会長がご挨拶を述べました。

「昨年は骨太の方針2025に持続可能な流通の仕組みの検討といった医薬品流通に関する文言が初めて入ったという、まさに歴史的なことがございました。そしてもう一つ歴史的なことと言いますと、令和 7年度の補正予算で卸業者に対する財政支援という形で、医薬品卸業者の継続的な安全供給事業に63億円があてられることになりました。ありがとうございます。我々に取りましては、本当に大きな転換点となっています。また医療関係者の皆様方のご理解と真摯な取り組みによって、ご存知の通り昨年の薬価調査の結果が平均乖離率4.8%、過去最小となりました。こうしたことは医薬品卸の価値、医薬品の安定供給の重要性が国政レベルで担保された画期的な一歩であり、社会経済情勢が厳しい中で改めて医薬品卸の存在や役割がクローズアップされたものでございます」と昨年が卸業界にとって意義深い年であったと総括されました。

さらに「我々を取り巻く環境はかつてない変化の波にさらされております。医療保険制度の改革に加え、薬価制度や医療制度、そして患者さんの負担の見直し、さらには国の規制の見直しなど、様々な制度改革が検討され、その方向性が決定されてまいります」と現状を分析し、中間年改定について「卸連合会といたしましては安定供給問題の本質に関わるものと考えております。引き続き意見や要望を申し伸べてまいります。我々がしっかりと製品価値を守り、安定供給につなげていかなければならないと考えております。薬価差が財源になるという議論にこれ以上ならないよう、当事者として自覚を持って継続して流通改善に取り組んでまいります」と力強い言葉で締め括りました。

来賓ご挨拶は上野賢一郎厚生労働大臣(神谷政幸厚生労働大臣政務官代読)、松本吉郎日本医師会会長、岩月進日本薬剤師会会長からなされました。安川健司日本製薬団体連合会会長の乾杯のご発声で懇談となりました。(秘書鈴木報告)

議員の最も大切な仕事は、選挙だ (回想録)

Political Advisor 松本 純

【総選挙2026129() B/12
3話:麻生太郎恩師との出会い

初戦で幸運にも勝ち上がった私は、亀井静香組織広報本部長に呼び出され、問われたのは「君の村はどこ?」、「はい横浜市です」と答えたら絶句。派閥のことだった。

この程度だから新人は先輩議員の指導が必須。そこで神奈川の河野洋平先生の門をたたき指導を願った。「私の仲間は宏池会に預けている。番頭格は麻生太郎、指導を受けなさい」との指示だった。

そこから30年の師弟関係が続いているが、当初不思議だったのは、リベラルの河野先生と保守の麻生先生の相性の良さだ。答えは簡単で、河野総裁、森喜朗幹事長、麻生筆頭副幹事長の三人が当時の自民党離脱者の対応などに汗をかいたチームだったそうだ。
さらに、お二人の会話など聴いていると、互いに尊敬し合い、国会議員の品格といった価値観でも相性が良かったのだろう。

多くを学んできたが、恩師を選ぶ眼も大切だ。

そして、2000年に二期目の挑戦で「落選」の結果。苦しみはここから始まる。

(参考)2000(平成12)0625日 第42回衆院選2期目挑戦も落選
https://jun.or.jp/election/20000625-junS0.htm


128()晴れ後曇り 衆院選A/12日間

■0700〜【選対】駅頭挨拶/金沢文庫駅西口

衆院選の2日。丸尾なつ子候補は金沢文庫駅西口で早朝活動からスタート。多くの人たちに政策ビラの配布や握手を交わすなど元気いっぱいです。(秘書森報告)

0900〜【事務】事務所打合せ/野毛事務所

●終日〜【事務】原稿作成/野毛事務所

1130〜【街づくり】野毛地区街づくり会・振興事業協同組合賀詞交歓会/ブリーズベイホテル

会長たる松本純の出席が叶わず、主催者挨拶は副会長・田井協同組合理事長、また真純が野毛2丁目町内会長として出席いたします。

■1030〜1200【選対】街頭演説/ユニオンセンター〜金沢区役所前

丸尾候補は金沢文庫西口の早朝駅活動を終えて、ユニオンセンター〜金沢区役所前〜金沢八景イオン前で辻立ちを行い政策を訴えました。(秘書森報告)

●1200〜【政務】来客面談/野毛事務所

1330〜【選対】街頭演説会/金沢文庫駅西口

文庫西口街頭応援弁士は河野太郎衆議院議員が予定されています。

金沢文庫駅西口で元デジタル担当大臣の河野太郎前衆議を迎え、丸尾候補の街頭演説会が行われました。河野前衆議からの激励応援に丸尾候補は一層気合いの入った訴えをいたしました。(秘書森報告)

■1430〜【選対】辻立ち/六浦駅南口〜六浦ヨークマート〜金沢八景駅

金沢文庫駅西口街頭から移動して六浦駅南口〜六浦ヨークマートにて辻立ち演説を丸尾候補は行いました。夕方からの金沢八景駅は大村県議、甲斐誠金沢区第8支部長、スタッフによる駅頭活動がなされました。(秘書森報告)

1700〜【政務】薬業企業面談/野毛事務所

1830〜【政務】工藤誠一氏瑞宝小綬章受章記念祝賀会/ロイヤルホールヨコハマ

工藤校長の受章記念祝賀会の発起人の一人である松本純の出席が叶わず、欠席となります。工藤先生、誠におめでとうございます。ご盛会をお祈りいたします。

議員の最も大切な仕事は、選挙だ (回想録)

Political Advisor 松本 純

【総選挙2026127() A/12
2話:努力は運を開く チャンスを逃すな

1996年ころのこと。当選同期の菅義偉氏は3期目の市議選に出ず、国政を目指し無職へ。私は先見えず市議3期目へ。次の衆院総選挙は我が国初めての小選挙区制度で実施されるため、候補者調整などテンヤワンヤの時代だった。

西区選出市議だった菅義偉氏は神奈川2区へ、旧神奈川1区選出だった小此木八郎氏は3区へ。1区が決まらない。県市議で一番若い松本出ろと、関貞彦氏(市議)、村上健司氏(県議)、坂倉徹氏(経済界)から出馬要請あり受諾した。

橋本竜太郎総理のもと「介護保険制度」を創ると解散総選挙を迎えた。私が指導を受けたのは、河野洋平、麻生太郎両氏だった。出会いは次回に続く。

チャンスを活かせ。

(参考)1996(平成08)1020日 第41回衆院選小選挙区初当選
https://jun.or.jp/election/19961020-junS1.htm


127()晴れ 衆院選@/12日間

51回衆議院総選挙公示日

●終日〜【事務】原稿作成/野毛事務所

0900〜【選対】金沢区出陣式/金沢文庫ふれあい会館前広場

51回衆議院解散総選挙が公示となりました。小選挙区制度となった30年前から松本純が守ってきた自民党神奈川1区。松本純の後を受け継いだ自民党・丸尾なつ子公認候補の初の選挙が金沢区ふれあい広場出陣式から始まりました。丸尾候補は経済産業省〜弁護士の経験と見知を活かし、「強い経済と国民の命を守る医療、育児、法律」を集まった方々に訴えられました。(秘書森報告)

1000〜【選対】神事・磯子区出陣式/選挙事務所

金沢区出陣式を終えた丸尾候補は磯子区の選挙事務所で神事と出陣式を行いました。出席された方々の前で丸尾候補は金沢区出陣式で第一声を終えた報告をして自身が国政に臨む強い決意表明がなされました。(秘書森報告)

1130〜【選対】中区出陣式/大洋建設ビル9F

中区での丸尾なつ子候補の出陣式が大洋建設ビルで行われました。選挙区全区の出陣式となり、中区出陣式には三原じゅん子参議が応援演説を行いました。丸尾候補の決意表明の後、候補を囲み「エイ エイ オー」の掛け声で一致結束が図られました。(秘書森報告)

1400〜【政務】来客面談/野毛事務所

1320〜【選対】街頭演説会/ちぇるる野毛前

1545〜【選対】街頭演説会/金沢文庫西口

金沢文庫駅西口で丸尾なつ子候補の街頭演説会が行われました。自民党総務会長の有村治子参議が弁士として丸尾なつ子候補を激励応援しました。丸尾候補は金沢文庫駅西口を往来する方々の前で力強く国政に臨む決意と政策を訴えられました。(秘書森報告)

議員の最も大切な仕事は、選挙だ  (回想録)

Political Advisor 松本 純

【総選挙2026127() @/12
松本純です。これから12日間、お付き合い下さい。

1話:松本の初めての公職選挙 足りないのは知名度

1990年当時、街では未来に向けた街づくり、業界では医薬分業、テーマは分かり易かった。横浜JC活動、街づくり運動、薬剤師会活動などで「しゃかりき誉」と言われる活動を展開した。
それが切っ掛けで、横浜市会議員に挑戦し経験を活かせと出馬要請の声が挙がり、政治の右も左も分からぬ40歳の若造が知名度も無い中1991年春の統一地方選に向け準備を始めた。指導者は当時52歳の村上健司県議だった。

任期切れ10か月前に、中区市議欠選挙が実施された。知名度の無いことを思い知った初挑戦だった。結果、補選で初陣を飾り、その後、市議3期を務めることができた。

始めから知名度の高いものなどいない。支援者の信用を借りることだ。

(参考)1990(平成02)0624日 中区補欠選挙  当選
https://jun.or.jp/election/19900624-junY1.htm

続き→2月へ

目次へ     トップページへ
奮闘記へ         トップへ