松本純の復帰奮戦記2000

2000(平成12)年6月8日〜12月31日

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6/25 衆院総選挙81,245票得るも次点で落選

12月31日

近況ご報告(後援会通信)

平素より大きなご支援をいただき心から感謝申し上げております。特に六月の衆議院総選挙時に頂戴した、皆様からのご厚情は、日を重ねるごとに、そのありがたみをさらに強く感じさせていただいております。

さて、落選という大きな失敗の敗因を深く探ると、自分自身の至らなかった多くのことに気が付きます。第一に、慌しい混乱の中とはいえ、感謝の気持ちを充分にお伝えできなかった私の非礼を、まずお許しいただきたいと存じます。

その後の後始末には、途方に暮れながらも歯を食いしばって立て直しに取り組んで参りました。そして、ようやく事務所の引越し、秘書・事務職員の再就職、ご支援いただいた皆様の連絡先確認、神奈川一区支部長承認などを終えたところです。

また、次期衆議院選挙に再挑戦するためには選挙戦略再構築や財政的裏付けもしっかりしなければなりません。お蔭様で各方面より引き続きご指導、ご支援いただける運びとなってまいりました。

次になすべき事は、一人でも多くの皆様にお目にかかり、改めて、私の政治活動に対してのご理解とご支援をお願いしていくことです。

初めて選挙に挑んだときの気持ちに帰り、再挑戦をさせていただきたいと決意を新たにしております。

この度の政局などを見ましても、今、私は政治の責任の重さを痛感しています。閉塞感を払拭するといっても、現在の野党には日本の将来を託せません。組織は人がつくります。「自民党が頑張らんでどうする」、全国津々浦々に組織を持つ大衆政党自民党がしっかりして、政治の信頼を取り戻すことが一番の近道だと信じています。そして、党改革はもとより、経済再生、社会保障制度改革など、山積する諸課題に都市生活者、庶民の声を反映し、形に現していく粘り強い働き掛けが必要だと思っています。

私には生れ持つ地盤・看板・鞄など何もありませんが、全力で取り組み、復帰の後、皆様の代弁者として微力を尽くさせていただくしか、私には恩返しができる方法はありません。この目的を達成するまで私は頑張り続けます。

つきましては、皆様には引き続き、旧に倍してのご指導、ご助言と叱咤激励を賜りますよう、今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

末筆になりましたが、皆様の益々のご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。 良いお年をお迎えくださいますよう。


12月28日(木)

●来夏の参院選候補小林温(ゆたか ・36歳)氏大いに語る

県連役員総会にて小林温氏(写真左、右は松本純)の挨拶を聞いた。36歳という若さに溢れたすがすがしい挨拶で、若さに期待してみたいと思わせるような、はきはきした力強い言葉だった。

小林氏は「今日で23日間、懸命に走り回っています。国会議員事務所など皆様にお世話になり、何もわからない中、広い神奈川県下の隅々を廻り県市会議員や支援団体重要者の皆様に挨拶をして参りました。皆様からは、掲げた自民党の看板が新しい時代にあったものになるよう努力せよと叱咤激励されているようです。多くの皆様にお会いしていますが、さらに残り200日間を走り抜けたい。頑張ってまいりますのでご指導宜しく」とのこと。


12月28日(木)

●自民党神奈川県連会長に梅沢健治県議、幹事長に榎並寛県議が就任

自民党神奈川県連役員会が中区で開かれ、役員の改選について審議された。現役員の任期を12月31日に迎えることに伴い、会長選考委員会が開催された後、会長選任規定に則った公選制で会長選挙が実施された。梅沢県議が、立候補1名で無投票当選したことが会長選挙管理委員会から報告され総務会で了承されたことを受け、本日の役員総会開催の運びとなった。
議事は村上健司幹事長から報告・説明がなされ、梅沢健治氏を第7代自民党神奈川県連会長に任命することを求めた。会長選任については満場一致で承認され会場は大きな拍手に包まれた。任期は1月1日からだが、河野洋平会長に対し、次期会長より統一地方選、衆議院議員選挙に尽力されたことをねぎらい、花束が贈呈された。

また、梅沢次期会長から次期幹事長の指名がなされた。次期幹事長には榎並寛県議が指名され、直ちに承認された。1月に入り党役員人事や参院選の選対組織づくりに着手することになる。榎並次期幹事長からは村上幹事長に花束が贈られた。

そして、議事終了後、各区支部長から挨拶がなされ、松本純は「本年は大変お世話になりありがとうございました。河野、村上両先生にはお疲れ様でした。また梅沢、榎並両先生にはどうぞ宜しくお願いします。来年の参議院選挙を軸として、新たな自民党づくりに頑張ろう」と述べた。


12月22日(金)

神奈川新聞

国会かながわ情報>政調会が落選者に門戸>自民 復帰の会の要望受け入れ

 自民党は二十一日までに、選挙区支部長については現職議員でなくとも党政調会への出席を認めることを決めた。落選議員で組織する「党再生と復帰を期する会」(会長・松永光元蔵相)が同日開いた会合に中でメンバーに報告した。

 政調会は党の政策を論議し決定する機関。自民は与党第一党であるだけに、ここでまとまった案がそのまま政府の施策に反映する可能性も高いという組織だ。

 先の総選挙後に発足した「復帰を期する会」には県内から松本純(1区で落選)、鈴木一誠(5区同)、小川栄一(9区同)、桜井郁三(12区同)の四氏が参加。同会はこの十一月に党本部へ十項目の要望を行ったが、その中に「党が選挙区支部長に任じた元職、新人について政調会での発言や議論の機会を認めること」が盛り込められていた。

 県関係の四氏のうち支部長に任じられているのは松本氏(1区)、鈴木氏(比例区)。現職議員と同様に政調会へ参加できることになった。この日の会合で松本氏は「参院選では各党ごとに政策を競い合うことになる。今回の決定を生かさない手はない。幅広い意見を政調会に届け、自民の政策能力を高める努力をしよう」と呼び掛けた。


12月16日

●自民党神奈川県連会長選挙に梅沢健治県会議員

一名が立候補

無投票当選が、22日の総務会で了承され、28日の県連役員総会で正式決定する見込み。来年1月1日から会長に就任することになる。県会議員が就任するのは24年ぶり。


12月25日(月)

●メリークリスマス!

12月23、24日はイルミネーションなどで輝く横浜の名所スポットは大混雑。桜木町周辺は有馬記念とも重なり大渋滞。金沢区の海の公園や中区の中華街などもカップルであふれていました。21世紀を間もなく迎えますが、皆さんと一緒に頑張ってよい年にしましょう。
お蔭様で私も元気に忘年会を飛び回っています。国際社会から求められる日本の経済と政治の安定のために働きたい。


12月21日(木)

●開かれた自民党本部政調会に

小選挙区支部長に選任されている者は政府原案を議論する自民党政調会への出席が認められた。これは画期的なことで、今までは現職議員以外発言は許されていなかった。会議の予定についても逐次Eメールで送付されてくるようになるとのこと。
地元の皆さんの声に耳を傾け、重要と判断されることについては浪人の身であっても訴えにいくことにしよう。


12月21日(木)

●「党再生と復帰を期する会」に出席

本日午前11時から党本部507号室で標記会合が開かれた。森総理大臣が出席とのことでTVカメラがたくさん入りごった返していたが、残念ながら急に外国からの来賓あり欠席となり、拍子抜けした感じ。
しかし、勉強会は白熱し、党改革に対する様々な意見が出された。まず会長の松永光元蔵相から挨拶があり、その後、当時自由民主党改革本部長であった愛知和男先生から平成11年3月30日に小渕恵三総理総裁宛てに提出された「党改革に関する答申」の説明があり、それに基づき討議がなされた。

説明の要旨は、解決しなければならない諸課題が山積する中、自民党以外に政権担当能力を見出せないという立場から、党改革を進め将来のビジョンを示すために、@党に総合戦略局を設置し基本政策の立案と選挙戦略の立案を任務とする2つの組織をつくる。A党員参加の総裁選挙の実施。B定年制の導入。これには役職定年制と公認定年制があり、公認は参議院議員は70歳、衆議院議員は73歳となっている。C人材の育成として自民政治大学の創設では、市民参加の公開講座と政治家を目指す者の専門講座の2本立て。D組織改革としては小選挙区支部などと地方県連、支部などとの連携強化。E広報改革では月100万アクセスのある自民党ホームページの有効活用。Eメールに対するタイムリーな返信。BS、CS利用対策検討。F中選挙区時代の派閥のイメージを払拭する。などであった。

愛知先生によると当時の森幹事長は自由民主党改革実施本部をつくり、本部長は総理が就任すべき重要な提案であったことを承知しているはずだ、とのこと。森総裁が実施本部長をつとめ実行すべきだと述べた。

私は3つの点について意見を述べた。まず人のせい、世の中のせいにしないで、次期参議院選挙に懸命に取り組み、自民党の存在の必要性も含め説得につとめ、以前からの自民党支持者に対する求心力を再びつけることが大切だ。第2に衆議院選挙については抜本的改革に着手すべき。重複立候補者で比例救済される者の得票数格差が大きく国民の理解が得られていない。最後に月100万からのアクセスのある本部ホームページからの各議員リンクが現職に限られているが、少なくとも支部長選任されている者もリンク対象者とすべきだ、と主張した。

議論は昼過ぎまで続けられたが、終わりにあたり@党改革実施本部の創設A宗教団体との関係修復B今回の国勢調査に基づく区割りの調整と選挙制度抜本改革への取り組みの3点を党執行部に申し入れることがまとめられた。


12月16日

自民党神奈川県連会長に梅沢健治県議

12月16日自民党神奈川県連会長選挙に梅沢健治県会議員一名が立候補した。無投票当選し、28日の県連役員総会で正式決定する見込み。来年1月1日から会長に就任することになる。県会議員が就任するのは24年ぶり。


12月14日

●景気の動向について(経企庁)

≪概観≫景気は、家計部門の改善が遅れるなど、厳しい状況をなお脱していないが、企業部門を中心に自立的回復に向けた動きが継続し、全体としては、緩やかな改善が続いている。

需要面をみると、個人消費は、収入がやや回復してきたものの、おおむね横ばいの状態が続いている。住宅建設は、このところ増加してきた持家の着工が減少し、直近ではやや水準を下げている。設備投資は、製造業を中心に増加している。公共投資は、前年に比べて低調な動きとなっている。輸出は、おおむね横ばいとなっている。
生産は、堅調に増加している。
雇用情勢は、完全失業率が高水準で推移するなど、依然として厳しいものの、残業時間や求人が増加傾向にあるなど改善の動きが続いている。
企業収益は、大幅な改善が続いている。また、企業の業況判断は、全体としては改善のテンポが緩やかになってきており、先行きに慎重な見方もみられる。一方、倒産件数は、やや高い水準となっており、負債金額の増加がみられる。
政府は、経済を自立的な回復軌道に乗せるため引き続き景気回復に軸足を置きつつ、我が国経済を21世紀にふさわしい構造に改革する。このため、先般決定した「日本新生のための新発展政策」を協力に推進する。


12月7日

●党再生をめざし党本部への要望提出

私もメンバーの一人である「党再生と復帰を期する会」(松永光会長)は11月27日に取りまとめられた要望を12月7日に幹事長宛に提出した。概要は下記の通り。

▽クリーンなイメージづくり
学生・勤労青年など若い層を中心とした自民離れの大きな理由の一つは党のイメージが権力的、政官癒着、汚職体質を」感じさせるからである。党の倫理性を高め、クリーンなイメージづくりに常に心がけるべきである。

▽党名の検討
2001年1月1日より新党名をもって21世紀の政権政党であることを明確にすることを検討されたい。

▽選挙制度の改善
10月の国勢調査を機会に現行選挙制度を全選挙区3人150選挙区比例代表廃止案を含め抜本的な改善を期待する。

▽大都市(県庁所在地を含む)への予算配分の重点化とその事業内容が住民に理解される努力(松本純要望)
大都市は交通渋滞の日常化、環境の悪化、緑の不足、職業女性や高齢者にとって済み難い社会環境にある。これを解決する予算を都市に重点的に配分すると共に、総理大臣や党幹部が積極的に現地視察や都市住民との対話を行って都市部に居住する有権者の自民党離れを防ぐ方策を講ずる。

▽政調会、党改革会議への参加
従来も都市政策対策協議会へは委員として参加が認められていたが、政調活動へも選挙区支部長の参加を見とめていただきたい。

など10項目について要望を提出した。「期する会」で議論していても、それぞれの選挙区事情によって意見が分かれたり、都市部と農村部では予算配分について全く意見が対立するなど難しい問題がたくさん存在している。私の地元の皆さんの意見にも国会議員は国の大きな議論をするべきだという考えと、地元に目を向けられない国会議員は不用との考えがあり、先輩に尋ねるといずれも大切で永遠のテーマとして永く議論されてきているとのこと。
いずれにしても、今回提案されたものの中には疑問を感ずるものもあり、これがすべてだとは思っていない。政治はみんなのものだ。代弁者たらんとする者はまず地元の皆さんの声に耳を傾け、本当に政党政治が不用と考えているのか、自民党がだめなら次ぎに何を求めているのか、また自民党はどのように自己改革を進めるのかなど、謙虚に学ばせていただくことだ。


12月5日

●第2次森改造内閣 認証式

役職

国務大臣

年齢

選挙区

期数

総理

森 喜朗

63

石川2区

衆11

総務(郵政・自治・総務)

片山 虎之助

65

岡山

参2

法務

高村 正彦

58

山口1区

衆7

外務

河野 洋平

63

神奈川17区

衆12

財務(大蔵)

宮沢 喜一

81

中国比例

衆12参2

文部科学(文部・科学技術)

町村 信孝

56

北海道5区

衆6

厚生労働(厚生・労働)

坂口 力

66

公明東海比例

衆8

農林水産

谷津 義男

66

群馬3区

衆5

経済産業(通産)

平沼 赳夫

61

岡山3区

衆7

国土交通(運輸・建設・北海道・国土)

扇 千景

67

自由参比例

参4

環境

川口 順子

59

民間サントリー常務

 

官房<男女共同参画>

福田 康夫

64

群馬4区

衆4

国家公安委員長<防災・危機管理>

伊吹 文明

62

京都1区

衆6

防衛

斉藤 斗志二

55

静岡5区

衆5

≪特命≫

       

金融(金融再生委員長)

柳沢 伯夫

65

静岡3区

衆6

経済財政、IT、
新千年記念事業(経済企画)

額賀 福志郎

56

茨城2区

衆6

行政改革、沖縄・北方(沖縄)

橋本 龍太郎

63

岡山4区

衆13

科学技術

笹川 尭

65

群馬2区

衆5

 


12月6日

●県連会長選挙日程決まる

本日午後2時より県連にて総務会が開催され、私も出席した。そこで会長選挙の日程案と参議院神奈川選挙区候補予定者として小林温(ゆたか)氏の党本部への公認申請が決定した。12月7日各区支部へ会長選挙告知。12月16日午前10時〜午後3時県連にて立候補受付。12月26日特定選挙人による投開票日。立候補することができるのは2年継続党費を納入した神奈川県連所属党員で、国会・県会議員10名プラス単位支部長10名の推薦を受けられる者。詳細については自民党神奈川県連(電話045−641−8723)にお問合わせ願います。


12月5日

●外務大臣秘書官任命を辞退

今日の午後、河野洋平外務大臣から呼び出しを受け、外務省大臣室に行った。組閣の進む慌しい中、大臣より秘書官を受けないかと要請があった。省庁再編でスタッフを強化、また松本にとっても視野の広い政治家になるための勉強だ、というご配慮を頂いた。大変ありがたいことで感謝申し上げた。
しかし、今回私が落選した敗因の一つは、あまりにも国会活動に夢中に取り組み、地元の活動があまり出来なかったことだ。地元の皆さんには足もとをしっかり見つめ直しますと約束したところでもあり、ご要請に感謝しつつお断りした。


11月30日

●参院選に小林氏擁立

第3回目の参院神奈川選挙区候補者選考委員会が本日午後7時30分よりロイヤルホールで開催された。私も28名の委員の一人として出席した。前回示された3名の審査が7名による世話人会で行われ、河野洋平会長から報告を受けた。3者いずれも特徴を持ち、一人を選び出すにはさまざまな角度から検討がなされた模様。3者には面接又は電話で、推薦に漏れた場合は推薦された者に全面的協力的な協力をし、参院選には挙党一致体制で臨むことが確認された。そして世話人会では小林温(ゆたか)氏を推薦することを決定したと発表された。理由は学生時代の若いときから政治を志し努力を重ねてきた実績が認められること、実家は福島県で書籍・文具店を営んでおりその経営も含め中小零細企業の喜び、悲しみを肌で経験していること、IT関連の会社を起こし現代の経営センスにも溢れていること、36歳の若さを生かして新しい時代への開拓を期待できることなどがあげられた。全会一致で報告は承認され、直ちに県連総務会に上程され、公認申請が決定される運び。

小林 温(ゆたか) 昭和39年4月21日生まれ。36歳。福島県出身。早稲田大学政経学部卒、松下政経塾10期生、官邸スタッフ。株式会社ジービス代表取締役。


11月30日

●自民党神奈川県連会長選任は公選で

本日午後3時30分より自民党神奈川県連において総務会が開催され、県連役員任期満了に伴う新役員の選任について審議された。現役員は本年3月31日までの任期であったが、衆議院選挙対策で11月30日までの延期の手続きがなされていた。その後10月3日に石渡清元参議の公認申請取り下げ申請が提出され、参院選候補者選考に向け精力的準備がなされていたが、現時点では決定に至っていない。延長した任期切れを本日迎え、総務会では次期会長選任を自民党神奈川県連会長選出規程に則り公選で決定することが決まった。これにより直ちに選挙管理委員会が召集され、早急に選挙が実施されることになった。合わせ次期会長が決定するまでの間は引き続き河野洋平会長以下現役員は12月31日をめどとし、引き続き任につくことが決定した。会長の被選挙権を有するものは、党費2年以上の継続納入している神奈川県連登録党員。支部長10名、国会・県会議員10名の計20名の推薦を要する。あなたも立候補して見ませんか。中央とは一味違う、開かれた自民党を目指します。


11月30日

●正月休み明けあたり?

昨日某先輩代議士と面談。現状について意見交換したところ、「山は動いた」といった様子。村山元総理の正月休み明け退陣劇に近い動きがうわさされている。明日はどうなるか分からない政治ゆえ、わずかな情報と想像だけで語るのは無責任だが、不信任案否決以来、一気に各種重要法案が処理され、同時に党内では内閣改造にからみ綱引きバトルが繰り広げられ、引き続き政局から目を離せない状況であることは間違いないようだ。本当は来年度の予算をまとめる大事な時で、歳出は勿論、それにともなう歳入の自民党税制調査会審議が最も忙しい時期を迎える。


11月23日

●内閣不信任決議案の攻防に思う

ぞくぞくとメールが到着。代表的意見は「加藤さんは中途半端で終わるくらいなら最初からやらないほうが良かった。最後まで戦って、それからから泣くべき。気持ちはわからなくもないが男らしくない。なんで森さんをみんなで守るの?実力無くて笑われているのに・・・。あの人に日本のリーダーは務まりません。早くやめて欲しい。前回の衆院選で多くの仲間を落としたのは森さんのせいだと私は思っています。なにが正しいか、今なにをするべきかを良く考えて行動して頂きたい。ホントに・・・」

すべてを書ききれないが、まず議会ルールからいうと、前回の首班指名で現総理を支持した者はその責任を持つこと。国会は政党政治が基本。“野党”提出の不信任案に明確な理由なく賛成することは国会の混乱を招くので通常は反対すべき。
一方、森内閣不支持70%超の世論調査結果から危機感を強く持った加藤・山崎両派に大きな動きが出た。しかし、党内での議員世論作りや、総務会議論が足りず、突然決起されたことは派閥間権力闘争となり混乱の末、加藤・山崎両派の負けになってしまった。
しかし自民党国会議員は地元に帰ると、国民は森内閣ばかりか野党も含め、政治そのものに信頼を失っていることを学んでいる。そして変化を求めていることを理解しているはずだ。
今回の騒動は、総理交代を早める動きに火をつけたことになると思う。総理自らが決断する時期を迎えているのではないか。
皆さんと一緒に見守りましょう


11月17日

●「党再生と復帰を期する会」に出席、党本部への要望を検討

午前11時より党本部において「期する会」開催された。今日は小里総務会長との討議が予定されていたが、政局がらみで他のはずせぬ会合のため15分程度の意見交換会になってしまった。総務会長は前総選挙結果について反省が充分できていなかったことを認めた。そして、今のごたごたについて各メンバーから意見が出されたが、総務会長からは収斂策に付いて大きな視点からとらえ、勇気を持ってあたるとした。私からは、永田町やマスコミが大騒ぎしているが、地もとの皆さんはしらけている。自民党そのものの存在にあきれている。信頼回復には真剣に取り組むべきと総務会長に伝えたが、反応はあまり見られなかった。
党再生課題してはクリーンなイメージづくり(権力的、政官癒着、汚職体質の払拭/党・政治家の倫理性)、政調会・党改革会議への参加、選挙制度の改善、大都市政策拡充などが議論されたが、小選挙区支部の位置付けなど政党組織そのものにもまだ不合理な点が多々ある。私は地方組織の声を受け止める双方向の連携が、派閥力学などで混乱しないよう求めている。そして特に大都市の生活者に対する配慮は今までの考え方では解決しない。地方税制なども含め税制全体の改革を断行すべきと主張している。


11月6日

●加藤紘一元幹事長大いに語る

11月6日午後5時からパンパシフィックホテル横浜にて自民党横浜市連主催政経文化パーティーが開催され加藤紘一元幹事長が講演した。英国や米国を見ても分かるように一国の勢いは良い時と悪い時とが交互に訪れるもの。今後まだ日本は1,2年の間厳しい状況にあるが、科学技術分野など伸びる要素もあるのだからそれを育てていくことが重要。今までと変わらない赤字国債に頼る手法では不安がつのるばかりでGDP60%を占める300兆の個人消費は伸びずさらに不況を長引かせる。将来に向けたビジョンを示すときだ、と財政構造改革を軸とする持論を展開し、亀井政調会長に反論した。

誠に理路整然とした講演内容だった。しかし、現実論となると各産業界を取り巻くリストラの嵐や雇用不安のある中で早急な改革に踏み込めるかは、国会を二分する大論議となるだろう。これらの議論がポスト森争いなどの駆け引きに絡まぬよう、真に知恵を出すときで、政治の責任の重さをしっかり認識し、先の見える納得する方向性を示されたとき、国民は我慢することを恐れないと思う。


10月20日

「党再生と復帰を期する会」に出席

上記の落選議員の勉強会が10月20日に自民党本部で開催された。元蔵相の松永光会長により開会され、亀井久興党改革委員長より党再生についてこれまでの取り組み説明を受け、組織そのものが混乱している状況にあり、小選挙区支部の位置付けを明確にしなければならないことなどが議論された。私からは、地域の声にもっと耳を傾けて欲しいと言うことから、本部主催のガス抜きや聞きっぱなしの形骸化された幹事長会議を活性化し、全国幹事長主催の連絡会を早急に発足させ、十分な意見交換、情報交換ができ、地方の実態をしっかり理解したうえでの、中央のご都合主義ではない政策実現に努力すべきだと主張した。特に政権サイドの問題と政党としての問題を分けて考えないと党としての歩む方向がよたよたになってしまう。国民に分かりやすい説明がきちっとできること、世の中がどんどん変わっているのに政治だけが変わらないことはできない。

亀井静香政調会長が二番目に登場され、都市政策が議論されたが、日本全体をにらんで予算等の割り振りを考えるべきだとする、今までの考え方を繰り返すに留まり、都市生活者の本当の苦しみはまだ理解されていないようだ。

しかし、このまま引き下がるわけにはいかない。今後も何度でも出席し、皆様から頂いてきた訴えを主張していきたいと思う。


10月17日(火)

●神奈川新聞

「上意下達」運営に一石>自民落選者ら研究会発足>党改革など本部と交渉へ

 松本純(衆院神奈川1区で落選)、与謝野馨元通産相(東京1区同)、松永光元蔵相(埼玉1区同)ら先の総選挙で「1区現象」のあおりを受けた都市部の自民党前職が中心となり、党改革や都市政策を進める研究会を発足させた。当選へ向けた地元回りが最優先の落選議員や候補者が結束して「党へもの申す」のは異例。「上意下達」非難を浴びる党運営に一石を投じることが狙いという。党本部も窓口役を決めるなどして各種提案を受け入れる方針だ。初の勉強会は二十日に党本部で行われる。

 正解の断面>自民党内では河野太郎氏(15区)ら若手議員が「自民党の明日を創(つく)る会」を発足。神奈川を皮切りに全国各地でシンポジウムを開き党改革を訴えている。また党関東ブロック幹事の神奈川県連を中心とした都道府県連が、党本部との交渉機関として「全国幹事長会」の設立準備を進めている。「あっせん利得処罰法案など地方議員にも関係する課題が事実上、事後承諾で決まってしまう現状に歯止めをかける」(村上健司県連幹事長)ことが狙いだ。

 今回の動きもこうした流れの一環。与党第一党の自民に新人、地方、そして落選者という別々の主体による包囲網が出そうろうことで、自民党執行部や森喜郎首相は難しいかじ取りを迫られそうだ。

 先ごろ発足した研究会の名称は「党再生と復帰を期する会」。先の総選挙で落選した前職、元職、新人五十六人が名を連ねる。神奈川からは松本と桜井郁三(前職、12区で落選)、鈴木一誠(新人、5区同)、小川栄一(同、9区)の四氏が参加した。会長には松永氏が就く。二十日には亀井善之政治制度改革本部長(16区)、亀井静香政調会長が講師として出席する予定だ。

 先の総選挙で自民は都市部住民の支持を得られず苦戦。「県庁所在地」を中心とした第1区では、その傾向が顕著だった。神奈川、東京、千葉、埼玉の一都三県をみても第1区で再選を果たした前職は千葉の臼井日出男前法相のみだ。

 解散時に一都三県(合計六十八選挙区)で四十四議席を有していた自民党だが、選挙後は過半数を割り込む三十議席に激減。十七伸ばした民主に同じ三十議席で並ばれる結果となった。

 関東全体に目を転じても、自民が議席を独占してきた山梨、栃木で第1区を民主に奪われるなど退潮傾向が露呈。敗れた自民候補者の間では@都市住民向けの政策の乏しさA公明との連立などの方針転換にあたっての情報提供や議論の不足−といった不満が噴出している。特に1区を戦って自民への逆風を受けた前職は「なにも声を上げないままでは、状況はさらに悪くなる」(松本氏)と判断。「自然発生的」に呼び掛けが始まったという。

 「再選を期す」ことを掲げた研究会だが、再挑戦の条件である選挙区支部長への再任を申し出ていない参加者も含まれている。その一人である小川氏は(元川崎市高津区選出県議)は「党執行部には業務上過失があった。『自由な立場』に身を置き、きちんと追求することこそが今の自分にとって大切だ」と話している。


9月26日

●明日の自由民主を考える

自民党神奈川県連かながわフォーラム21主催のシンポジウムが9月26日午後2時よりロイヤルホールヨコハマで開催された。先の衆議院選で惨敗となった都市部で、自民党はどのように再生されるべきなのか、真の党改革は進められるのか、という切り口から「今、かながわから自由民主党を考えるPARTU」と題し、「自民党の明日を創る会」代表世話人の石原伸晃衆議院議員が基調講演を行った。

その中で石原氏は「今回の衆院選の敗因は都市政策の誤りではない。旧態依然としている自民党に対する嫌悪感を有権者が抱いていた。危機感を持って、若い者達がやる気を出すようにしなければならないと思い頑張っているが、野中幹事長は、我々の会を“自分の明日を創る会”と言ってはばからない。自民党の地方組織は健全なのに、党本部はなぜか党改革の話に耳を傾けない。田中真紀子氏をたてて、次期総裁選で戦いたい。」そして指導者は哲学を持ち、国家論をたたかわせなければばらばいとし、5つの政策課題について述べた。@環境問題A外交・安保(憲法問題)B行財政改革C社会保障制度改革D教育問題の5つが主要課題で、内容については近々発表のこと。基調講演に引き続き、パネル討論となり、村上健司県連幹事長が司会を務め、前県連衆院選対本部長の梅沢県議、河野太郎衆議院議員、加藤光雄元横浜青年会議所理事長、ジャーナリスト工藤雪枝氏に石原氏を加え、熱気あふれる討論がなされた。

 この中で河野太郎氏は「自民党も他の党も境界線が無くなってきている。大連立し、憲法改正を行い、小さな政府、大きな政府で2大政党に分かれ再スタートするくらいでなければ、自民党ありきで日本の将来を考えることに限界があるのではないか」これに対し、梅沢県議は「太郎さん悲しいことを言わないで。自民党が良くなれば日本が良くなるとの信念で党改革に頑張ろう」

その後、懇親会が開かれ、「自民党の明日を創る会」代表の石原伸晃、メンバーの河野太郎、渡辺喜美、平沢勝栄、各衆議院議員が加わり、「党改革の必要性」について強く訴えかけた。

久しぶりに同期当選組の皆さんと顔を合わせたが大いに元気そう。私は党改革をやるのなら、衆参同時選挙で国民に訴えるくらいの迫力をもって向かわなければと声援を送った。期待しつつ見守っていこうではありませんか。


9月26日

●「党再生と復帰を期する会」に参加

愛知和男、粕谷茂、小杉隆、塩谷立、島村宜伸、戸塚進也、深谷隆司、松永光、与謝野馨各氏が発起人となり、9月26日(火)午後1時から自民党本部にて「党再生と復帰を期する会」の設立総会が開かれた。私にも案内があり出席する予定だったが、神奈川県連シンポジウムと重なったため、秘書が代理で出席。集まったのは今回の総選挙に苦杯をなめた前衆議院議員と新人、合わせて59名が設立趣旨に賛同し、当日は39名が出席した。神奈川県からは桜井郁三、鈴木一誠、小川栄一各氏が参加。有権者から厳しい批判のあった、党再生と都市政策の改革提言を訴えることを目的とし設立された勉強会だ。会長には松永光、幹事長には小杉隆、事務局に愛知和男、戸塚進也の各氏が就任した。毎月1回程度党本部で政策提言取りまとめの勉強と情報交換を行う予定。この席には野中広務幹事長も出席し、この会に対して党として応援していくことを約束した。そして本部副幹事長の中に担当を置くことを検討するとのこと。

いろいろな場を生かして、地元の皆さんの意見を踏まえた、庶民の声を主張していきたいと思う。


9月20日

●上祐幹部がオウム横浜支部から退去

昨年12月29日に広島刑務所を出所した上祐幹部がオウム横浜支部に来てから、周辺は物々しい警察警備やごったがえす報道関係者などにより、それまでの静かな生活ができなくなり、長期にわたり不安な思いにとらわれて来た。地元では横浜支部のあるマンション管理組合とともにオウム対策協議会を設立し、上祐幹部の退去とマンションの明渡しを求めて力の限り運動を展開していたが、去る9月6日に横浜地方裁判所のマンション明渡し訴訟に対する判決が出て、原告側勝訴となった。これはオウムを反社会的存在として認めた判決で、上祐幹部はもとよりオウムのマンションからの退去を求めるものであった。

管理組合側は判決に基づいて9月14日に強制退去の仮執行を申し立て、9月21日に午前9時頃に強制執行に入った。事前に様子を知った上祐幹部は9月20日午前1時15分頃マンションをそっと抜け出し、東京方面へ向かった。周辺で自衛警備にあたっていた地元町内会の幹部たちは、上祐幹部の出発を見守り、大きな事件に一定の解決が見られることを確信した。

新聞報道にもあるように、21日にはマンションからオウムは強制退去され、地元に平穏が取り戻された。直ちに地元オウム対策協議会は事後処理について協議がなされ、この結果を受けて、所期の目的を達したとのことから解散に向かう様子。

ただし、全国の状況を見ると、まだ全てが解決されているわけではなく、横浜の結果だけで我々は喜ぶことはできない。しかし、今回、裁判所がオウムを反社会的存在と認めたことの意義は大きく、全国にこの判決の好影響が広がることを期待している。


9月11日

●自民党横浜市連大会開催される

市連大会が9月11日に中区のロイヤルホールヨコハマで開かれた。約800人の出席で、私も特別顧問として出席した。菅義偉市連会長は「2000年という歴史の節目の市連大会を迎え、原点にもどり、都市住民の皆様の声を反映させていきい。6月の衆院選は大都市に厳しい審判を受けた。地方優先や年功序列など、自民党の体質や森総理失言などが大きな影響を与えたことは間違いない。自民党の旧態依然とした体質が市民の反発にあった。都市政策の充実を図るために党の内部から改革していきたい。全国政令指定都市の先頭にたって頑張る。来夏の参院選は我が党の明暗をわける戦いとなる。今後とも市連にご理解賜りたい。」と参院選へ向けての決意を述べた。

まさに今、政党政治・政治家そのものの信頼を取り戻さなければならない大切な時だと私も同感。政治は一人の力では成しえるものではなく、ましてや、党の改革となれば火の玉となる地元の結集した力を党本部にぶつけないと変わらない。みんなで力を合わせ日本の政治を大都市ヨコハマから改革すべく頑張りたい。


9月6日

●オウム横浜支部に退去命令

昨年末以来、中区の若葉町のマンションにオウム(アレフに改称)の上祐史浩幹部が来てから、地元周辺はものものしい警備とマスコミ関係者の数の多さに多大な迷惑を被っていた。地元対策協議会では公安調査庁や法務大臣への法的措置を求め、私たち地元議員も行動を共にしてきたところ。この度、オウム横浜支部が入居するマンション管理組合が、教団相手に明渡しを求めた訴訟で、横浜地裁は9月6日、原告の訴えを認め、支部の明渡しを命じる判決を言い渡し、存在そのものが住民にとっての恐怖であることが認められた。しかしオウム側の動きが今後どうなるかまだわからず、地元住民は本当に明渡すまで安心はできない。最後まで目を離さず、地元の皆様とともに頑張りましょう。


9月1日

●自民党神奈川県第一選挙区支部長に選任される

平成12年7月28日に党総務会で決定した第42回総選挙後の支部長選任基本方針に基づき、神奈川支部連合会と協議のうえ、松本純を支部長に選任した旨の通知が、平成12年9月1日付にて、野中広務幹事長、伊吹文明組織本部長名で私の手元に届いた。比例当選も含めた、県下11名の現職と落選組では前職の私、松本純1名の合計12名の支部長が改めて選任された。

我が党の党勢を拡大し、来夏参院選に向けて動き出したことになるが、政治そのものの信頼回復をかけて、皆様のご理解を得なければならないことであり、また、与党責任政党として21世紀初頭からの日本の歩む方向性について明確に示していかなければならない重大な責任の一翼を担わせて頂くことになった。その責任の重さをしっかりと受け止め、微力を尽くしていきたいと思う。


8月27日

●大勇会に参加

平成12年度「大勇会」(河野洋平グループ)夏季研修会が8月27日(日)に東京プリンスホテルで開催された。久しぶりに東京に行き、仲間の議員と話す機会を得ました。麻生太郎衆議院議員の司会により開会され、河野洋平会長(外務大臣)の基調講演に続き、アサヒビール名誉会長樋口廣太郎氏の特別講演を拝聴。私は政治そのものが安定せずに経済の自立的回復を求めることの難しさを改めて感じた。

 河野会長の発言要旨は次の通り。

 「大勇会として2回目の夏を迎えた。冒頭に今般の衆議院選について述べる。残念ながら多くの同士が苦杯をなめた。1区現象といわれるよう、各都道府県の中心地の1区や、また、東京23区のような都市部が難しい状況にあり、大変厳しい結果となった。しかし、同志のなかには再起を目指し努力を始めた者もあり、今後もできる限りの応援をしていきたい。大勇会としては衆院12名の勢力になったが、相沢金融再生委員長と私の2閣僚を出すばかりか、メンバーには党内の重要ポストについてもらうことができた。ともに頑張ろう。

次に経済について、失われた10年と言われるほど厳しい経済状況下ではあるが、国民皆さんの努力と小渕・森内閣の努力があって少しプラスに転じているところだが、これをさらに支えていかなければならない。政治の不安定さで、これらの芽が摘まれてしまわないようにしなければならない。世界の歴史を見てもこれは同様に見て取れる。今後一年の間に政治・政局で大切なものといえば来年の参議院選挙だ。今やらなければならないのは、2年前の参院選の原因を思い返して反省すること。当時の結果は経済の問題が一番大きかった。また、その論議が景気の回復と財政再建双方の意見がぶつかり合い、一本化できなかったことに問題の重要性がある。さらに過去を振り返ってみると、海部内閣でバブル崩壊、宮澤内閣で一定の回復、細川内閣は緊縮財政で経済失速、村山内閣は財政出動で経済拡大、橋本内閣で党内論議がまとまらず方向性を失った。その当時、日本経済は一時上向いていたが、それを受けて財政再建、国民負担を求める動きが強くなった。橋本総理は比較的早い時期から特別減税を発表し、景気対策に前向きに取り組んでいたが、執行部は否定し、恒久減税か否かで党は二分され、一本化できずに参院選に突入した。この繰り返しが選挙中にもみられ、一本化されない党の政策に国民は不安と苛立ちを持った。結局それにより、2年前の参院選は所期の目的を達することはできなかったことを我々は忘れてはならない。

来年の参院選を考えた時、極めて重要なのは経済対策であり、党はひとつになって、日本をどういう方向に導くかを示さなければならない。私は、まだまだ真剣に、慎重に景気回復路線をすすめるべきだと思う。その他にも教育の問題、アジア外交の問題などもある。

教育については地に足のついた議論をすべき。たとえば小学校低学年には社会人としての初歩的ルールをしっかり教育し、大学はもっと高いレベルの教育をすることが大切。また、明治、大正、昭和初期の学生は、何を持って生きるべきかといったような哲学や倫理を学んでいたが、今はそういった勉強がないように思う。

アジア外交については、日朝、日中をはじめ、各国といっしょに考え、汗を流しているところだが、一面からだけの民族主義ではなく、真剣にアジア太平洋地域が理解しあう中でもっと開放的政策をとるべきだと思う。難しい2国間交渉も存在し、長い時間をかけながら、片付けることのできないこれらの問題を今すぐ私が解決できるものではないが、できる限り努力し、少しでもよくなるように努力したい。

秋の臨時国会ではあっせん利得罪、少年法、警察法。また、参院選挙制度改革など多くの重要課題に対し、逃げずにしっかり取り組んでいきたいと思う。」


8月15日

●若手の意見をつぶさないで欲しい

6月25日の選挙終了後、一週間ほどして河野太郎から電話があった。「電話掛けにくかったので遅くなりました。元気ですか?」と激励。私の答えは「ごめんごめん。私の不徳の致すところ」と返事をするのが精一杯だったが、悔しさも手伝って「都市住民は自民党にあきれている。特に首都圏大都市は東京発信のメッセージに敏感に反応する。しっかりやらないと自民党はだめになる」と、我が党執行部に訴えて欲しいと伝えた。すると特別国会の召集日両院議員総会で河野太郎が早速発言している姿をテレビで見ることができた。危機感を持っているのは我々だけではないはずだ。ありがとう太郎ちゃん。

7月8日、自民党横浜市支部連合会の総選挙報告会が開催され、どんな逆風でも勝てる政策・組織が必要と反省。また再生する意欲を失ってはいけないなどの意見が出された。「苦杯をなめた敗因は自らにある。次に向け力を蓄えたい」と松本発言。

7月13日、党本部にて前議員落選者の意見聴取が行われた。会場には野中広務幹事長、亀井静香政調会長らに対し小杉隆元文相、島村宜伸元文相はじめ落選者から意見が述べられた。「寝ててくれればいい」発言批判や都市政策の充実を促す意見が多く出されたが、私からは「都市政策の充実はもとより、党外へ向けた積極的な情報発信に努めよ」と党改革を迫り、「3極(自民、新進、旧民主)から2極(自民、民主)の戦いに変わり大きく票が動いている。もはや自民組織票だけでは勝てない。党の政策や姿勢を党支持者以外にも幅広くアピールしなければ展望は無い」と訴えたが、亀井政調会長は「自民独自の政策を構築すべきで、いわゆる無党派と言われる層に迎合する政策は打たない」という趣旨の発言があり、私はもっと都市生活者の声に耳を傾け、自民党そのものが時代の変化と感性を捉え、勇気をもって体質改善や党改革を進めなければ、いくら政策を打ち出しても都市住民の納得を得るのは難しいと思うのだが。

さて、こうしている間にも河野太郎は着々と準備を進め、石原伸晃らの若手議員を中心とした「自民党の明日を創る会」を設立し、党改革のための提言を開始した。私は若手議員の思いは、政治不信といわれて久しい現状と今回の選挙結果を受け止め、純粋に国政を憂いて活動を始めたものと信じている。野中幹事長を始め先輩議員皆様には、是非ともこの若手の意見や活動の芽をつぶさないで欲しい、そして彼らの意見に充分耳を貸して欲しいと思う。

なぜなら、これからの4年間、自民党が与党第一党として、その責任を果たさなければならないからだ。国民の信頼を取り戻すために、必死に汗を流して欲しい。(敬称略)


8月10日

事務所移転のお知らせ

この度の選挙結果を受け、松本純後援会の今後についてご心配戴いておりますが、役員皆様と相談の結果、後援会活動はこのまま継続してまいりたいと考えており、皆様には引き続きご支援賜りますようお願い申し上げたいと存じます。しかし、現在まで拠点となっていました磯子事務所は8月20日をもって閉じさせて戴き、初心に帰る意味も込め下記の通り、自宅事務所へ移転させて戴く運びとなりましたので、まず始めにご報告申し上げます。そして磯子事務所周辺の皆様には4年間にわたり大変お世話になりましたことに心より感謝申し上げます。誠にありがとうございました。

移転先 前衆議院議員 松本純事務所 〒231-0064横浜市中区野毛町2−65
              TEL 045−241−7800 FAX 045−253−0585


7月1日

●足元を見つめ、未来を見つめ、志あらたに出直します

6月25日に実施されました総選挙には多くの皆様に温かいご支援を頂き感謝申し上げます。ありがとうございました。
3年8ヶ月の永田町活動を経験し、都市の声を、あるいは福祉・医療専門家としての主張を続けさせて頂いて参りましたが、今般、しばらくの間、地元地域の皆様の声を直接聞かせて頂く時間を得ました。永田町の理屈と、実際の都市生活者の求めるものに大きなかい離があることを強く感じていますので、この「当分の間」を有効に活かしていきたいと思います。皆様からもぜひご意見・ご助言をお送り頂きたいと存じます。


6月26日〜

●落選翌日から早朝駅頭に立ち、報告と次期に向けた決意表明

ご支援感謝の意を伝えたく、翌日より早朝駅頭演説を開始した。昨夜は一睡も出来ず、何が起きたのか、何をしたら良いのか、ただ呆然としていた。いても立ってもいられず、気が付いたら一人で旗を持ち駅頭に立っていた。帰りがけ、ふと行き交う人々に目を移すと、赤ちゃんを乳母車に乗せ、もう一人のお姉ちゃんの手を引き、優しい笑顔で通り過ぎていく。いつもと変わらない、いつもと同じ安定した生活が繰り返されているような様子だった。自分に大きな変化があったが、世の中はしっかり歩み続けている。全てを捧げ、皆さんのためにと努力してきたつもりの自分はいったい何だったのだろう。たくさん苦しんで、よく考えてみよう!・・・・・

次期選挙に向け、今日から闘いを開始します。

衆議院選挙投開票日 2000(平成12)年6月25日
得票数 81,245票得るも次点で落選

落選翌日から全駅で感謝を・・・

2000(平成12)年
6月26日(月)〜8月

中区・磯子区・金沢区
JR、京急の全駅
(16駅19箇所)

残念ながら当時デジカメを持っていませんでした。


6月25日(日)

衆議院総選挙投票日

落選

81,245票の支持を得るが、次点にて落選

解散日:2000(平成12)年6月2日

投票日:2000(平成12)年6月25日

重複

当落

候補者名

年齢

所属党派

新旧

得票数

得票率

佐藤謙一郎

53

民主党

91,578票

40.1%

落選

松本純

50

自由民主党

81,245票

35.5%

   

宗形孝至

55

日本共産党

28,411票

12.4%

 

飯島浩史

37

自由党

23,783票

10.4%

   

松田清

51

自由連合

3,593票

1.6%

 


衆議院総選挙

選挙期間中はホームページの更新が法律によって禁止されます。


6月9日

●いよいよ衆議院選挙スタート

歴史と海業の金沢区

緑と白砂の磯子区

商業と港の中区

これが、私たちのふるさとです

都市は、常に変貌し世情も人々の暮らしも変わります

現在、何が起こっているか、

社会全体や我々が拠って立つ基盤まで地滑りを起こし、都市住民にとって、治安や教育が、ますます大切になってきています

だから、都市にこそ、政治は必要なのです。

財政赤字は、道路や公園など都市生活に必要な基盤の整備を極端に遅らせています

大都市で集めた税金を、地方で使う地方優先政治

ここに、大きな問題があるのです

何を守り、何を変えるか

荒廃から新しい価値、新しい秩序を求めて、

勇気と智恵と決断をもって挑戦します。

 


6月8日

●メッセージ

何を守り、何を変えるか

美しい日本、愛する横浜・・・

新しい秩序を求め

知恵と勇気を持って

挑戦します

子供たちの未来のために

 


2000(平成12)年 通常国会

●厚生委員会にて

田中真紀子理事と・・・


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