松本 純 |
1950(昭和25)年4月11日〜 |
この世に誕生! |
|
私は薬局経営の父、屯(たむろ)と母、澄子の長男(男二人兄弟)として1950(昭和25)年4月11日0時45分、横浜市中区野毛町2丁目65番地という所で生れました。とり上げてくれたのは祖母の助産婦ツネ。当時は戦後の混乱期がようやく終わろうか、といった時期で、うちの周辺は闇市露天商でごった返していたそうです。
|
|
|
|
何よりも、家族を大切に! |
|
|
自分の生れた町で、様々な人々に出会い、育てていただいてきました。 純 |
|
個人データ | ||
誕生日 |
昭和25年4月11日 |
|
干 支 |
寅年(五黄の寅) | |
星 座 |
おひつじ座 | |
血液型 |
A型 | |
身 長 |
174cm | |
体 重 |
73kg |
性格(自己診断です) |
凝り性? |
夢中になると、とことんやりきらないと気が済まない。 |
完璧主義? |
妙なところでこだわる性格で、完全にすべてをやりとげることはできないのに、そのプロセスを大切にする。よくいますよね 、そんな人。サァ勉強始めようと思うと、先ず机上をきれいにしないと勉強が始まらない。片付けているうちに次第に疲れてしまうって、私だけではないですよネ ・・・?。 |
エピロイド型?チクロイド型? |
気質分類によると、体型はそもそもガッチリ筋肉質タイプで何よりも常識が好き。自分の物差しのルールから外れるのは苦手。 |
まじめ? |
そうなんです。上記の通りですから一見まじめそう(?)に見えるのでしょうが、本当は堅物ではないんですヨ。 付き合いは断れない、お人よしで気が優しくて、おっちょこちょいの楽しい一面も持っているのです。 |
一鳴驚人? |
自分のことではあまり人に迷惑かけたくないと思っていますが、ひとたび事が起こり、周りの仲間が巻き込まれたり、社会正義が侵されそうになると、自分でも驚くほど強気になってしまうのです。 |
涙もろいのです。 |
結構感動してしまうタイプだと思います。 |
皆さんが色々な面をお持ちのように、私にも面白いところがたくさんありますよ。是非、あなたともお目に掛かれる機会があれば、と思っています。 |
挑戦したスポーツ(どれも上手くならなかったんですが・・・) | |
野 球 |
小学校時代が中心。当時背番号16に憧れましたネ。 |
乗 馬 |
父が大好きで小5くらいまでやっていました。三ッ沢公園でした。 |
柔 道 |
柔道部には入らなかったのですが、中高時代の体育の授業で汗を流しました。 |
バドミントン |
中高通して、 バドミントン部に入部してました。あんなに狭いコートがなんと広いことかと、苦しんでいました。 |
スキー |
これも父の趣味につき合わされていたのか、3歳くらいからゲレンデに連れて行かれていたようです。 |
ボーリング |
すごく流行りましたね。1965年ごろは早朝ボールに行列。 |
ヨット |
伯父がスキッパー。クルー不足の時など油壷によく拉致されました。 泊まり込みも時々あり、マストとワイヤーの"カーン"が懐かしい。 |
クレー射撃 |
地元の仲間に精神集中訓練に効果ありと勧められて。伊勢原 や大井に年1回おじゃまして、1R20点以上目標。 |
ゴルフ |
大学時代同好会設立。最近は年2〜3回。いつも恥ずかしいスコアばかり。なんとか1R100点以下で、を目標。 |
趣味は軽音楽(モーツァルトからスタンダードジャズへ) |
小さい時はバイオリン (モーツァルト)
|
得意なカラオケは ? |
君といつまでも (加山雄三大好き) |
お酒は? |
本当は弱いのです。ちゃんと保健所で調べてくれたのですが、アルコール分解酵素を持っていないとのこと。でもすすめられると飲んでしまう。あとが大変です。 |
読書は? |
少年マガジン、少年サンデーが当時は山積みになっていました。今は難しい本が山積みです。 |
一番大切なものは ? |
やっぱり家族 |
尊敬する人は? |
松本屯(父) |
好きな言葉、影響された言葉 |
明るく、清く、正しく、強く |
昭和33年小2の時、岸信介総理より色紙贈呈 |
当たり前のことを、当たり前にやれ |
社会人一年生の時、会社上司より |
共に生きるものを許しなさい |
薬局経営時代、父より |
一期一会 |
父が最期に残した書に |
人に会うとき、一度に二つのことを頼むな |
市議の頃、先輩議員より |
思っているだけでは、君の感謝は伝わらない |
市議の頃、先輩議員より |
一鳴驚人 |
史記より |
従吾所好 |
論語より |
一年生諸君、君達の仕事は二年生になることだ |
当選時、橋本龍太郎総理より |
義理と人情とやせ我慢 |
平成9年宏池会退会決断の時、麻生太郎先輩より |
堅忍不抜 |
平成20年9月24日内閣官房副長官就任の時、大島理森先生より |
良いことも悪いことも沢山あったけど、人生まんざら捨てたもんじゃない。生かされて、活かされて、感謝感謝感謝!
2004年 松本 純