松本純の海外リポート・外交

2009(平成21)年5月3日(日)〜6日(水)

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チェコ・ドイツ訪問


5月1日(金)晴れ

●1840頃〜総理ぶら下がり取材/官邸4F大会議室

明日は休日なので外遊出発前のぶら下がり取材ができません。そこで今日、普段のぶら下がり取材と合わせて外遊の目的などについても記者の皆さんに総理から説明がなされました。私も随員代表として総理の後ろに侍立しました。


5月2日(土)晴れ

●終日〜宿舎待機/赤坂議員宿舎

今日は河村官房長官が他県への出張があり、私が代理で官邸の危機管理当番になりました。官邸から徒歩で15分ほどの距離にある赤坂議員宿舎に待機し、何が起きても直ちに官邸に駆けつけることができるよう準備します。ちょうど良い機会なので、資料整理などの時間に当てました。また、明日からは、麻生総理に随行しチェコ、ドイツに出張しますのでその準備もしなければなりません。お蔭様で元気に活動していますが、一番気がかりなのは地元の皆さんとの交流時間が極端に少なくなってしまったことです。官邸の仕事と地元活動と両立することはできませんので、中途半端にならないように一つ一つを丁寧に対応していきたいと思います。


5月3日(日) 総理のチェコ・ドイツ訪問に同行

●1000(日本時間)〜羽田空港発→ルズィニエ国際空港(プラハ)へ〜1440(以下現地時間)

今日から、日・EU定期首脳協議などに出席する麻生総理に同行して、チェコとドイツを訪問します。今朝は、赤坂の議員宿舎から総理公邸に集合し、公邸前から総理車列で羽田空港に向かい、10時に政府専用機で羽田空港から出発しました。
チェコの首都・プラハにあるルズィニエ国際空港までは11時間40分のフライトで、プラハには同じ日の14時40分頃に到着。その後、車列による移動を経て、宿舎であるインターコンチネンタル・ホテルには15時10分頃に到着しました。時差が7時間あるということで、到着してからもまだ半日弱、活用できる時間があり、これからチェコ首相との首脳会談などが待っています。長い一日になりそうです。

●1600〜宿舎周辺視察

宿舎に到着してから、短時間、徒歩でプラハ市内の視察を行いました。宿舎からパリ通りという目抜き通りを抜け、歴史的建造物に関する説明を受けながら、宿舎近くにある天文時計等を視察し、宿舎に戻りました。

●1700〜事前打ち合わせ/宿舎

視察から宿舎に戻ってから、今夕の日・チェコ首脳会談に向けた事前の打ち合わせを宿舎内で行いました。会談とその後の共同記者会見でどのような対応を行うべきか、短時間ながら、熱のこもった綿密な打ち合わせが行われました。

●1800〜歓迎式典/チェコ首相府〜1810

明日の日・EU定期首脳協議を前に、今日は、総理のチェコ公式訪問としての行事や会談が行われました。最初は、チェコ首相府の前庭で、歓迎式典が行われました。長身のトポラーネク首相と並んで、儀仗兵の栄誉礼を受けながら、麻生総理はトポラーネク首相とともに堂々と赤絨毯の上を進まれました。こぢんまりとした式典ながら、厳粛な雰囲気の中で、暖かい歓迎を受けました。

●1810〜日・チェコ首脳会談/チェコ首相府〜1855

歓迎式典を終えて、首相府の建物の中で、トポラーネク首相との首脳会談が開始されました。まず冒頭、首脳同士の関係をより親密なものにする意味で、両国の首脳のみによる少人数会談が首相執務室で15分ほど行われ、その後、首相府の会議室で関係者を含めた首脳会議の全体会合へと移りました。会談では、経済危機への対応、日・チェコ間で進められている科学技術や環境・気候変動問題等の分野での協力、新型インフルエンザ対策、北朝鮮問題などについて、意見交換が行われました。

●1900〜首脳共同記者会見/チェコ首相府〜1930

首脳会談の後には、両首脳による共同記者会見が首相府内で催されました。
記者会見では、両首脳から会談の成果について説明が行われた後、参加メディアからの質疑応答が行われました。日本メディア、チェコ・メディアの双方から、それぞれ、北朝鮮も代への対応と、国際金融危機下での両国の経済対策について質問が出され、それぞれに対して両首脳から応答がなされました。

●1925〜トポラーネク首相主催夕食会/リヒテンシュタイン宮殿〜2045

一連の公式な会談などを終えて、最後は、リヒテンシュタイン宮殿で、トポラーネク首相主催による、両首脳夫妻を中心とした少人数での夕食会が行われ、私も総理の首席随員として参加しました。

●2200〜内政懇/宿舎〜2220

麻生総理の本日最後の日程は、同行記者の皆さんとの内政問題に関する懇談会(通称「内政懇」)でした。20分弱の短い懇談でしたが、記者の皆さんからは、党首討論への対応を含めた今後の国会運営、今後の国会における補正予算案、補正予算関連法案、重要法案の取扱いと解散の時期、総選挙での争点、世襲制限のマニフェストでの取扱いなどについて質問が出され、それに対して総理は率直かつ誠実にお答えになっていました。


5月4日(月) チェコ・プラハ→ドイツ・ベルリン

●0900〜打ち合わせ兼朝食会→協議の事前打ち合わせ/宿舎

今日も多忙な一日となることから、朝食の時間から、総理、総理秘書官らとともに、今日の行事や会談に関する打ち合わせを行いました。 朝食を済ませてからも、今度は同行の各省庁の関係者が集まって(写真)、今日の日・EU定期首脳協議に関する、最終的な事前打ち合わせを行いました。

●1030〜日・EU定期首脳協議→ワーキングランチ/チェコ大統領府(プラハ城)〜1315

打ち合わせを済ませ、麻生総理は、チェコ大統領府のあるプラハ城に移動し、日・EU定期首脳協議に臨みました。日・EU定期首脳協議は、毎年1回、日本と欧州で交互に開催されている首脳レベルの定期的な対話の場で、今回は第18回目に当たります。日本側は麻生総理、欧州側は、欧州議長国であるチェコのクラウス大統領、欧州委員会のバローゾ委員長などが出席して行われました。
協議では、まず前半、日・EU関係、世界経済・金融問題、気候変動・エネルギー問題、新型インフルエンザ問題などの国際社会の問題について議論がなされました。また、後半のワーキングランチでは、北朝鮮含めた東アジア情勢、アフガニスタン・パキスタン、イランの地域情勢について意見交換を行いました。ワーキングランチを含めて約2時間30分、非常に多岐にわたる分野・項目について、率直でつっこんだ意見交換が行われました。
会場も、大統領府として使用されている「プラハ城」という、非常に伝統もあり、またヨーロッパ文化の薫りのする格調の高い建物の中で行われました。EUとの首脳協議も、ヨーロッパの歴史をかじったことがある方なら一度は聞かれたことがあると思われる、かのマリア・テレジアの下で改築された際に設けられた、壮麗な装飾が施された「鏡の間」という一室で、うちとけたムードの中で行われました。アメリカのオバマ大統領も、先日、同じ部屋でアメリカとEUとの首脳会談を行ったということでした。

●1330〜共同記者会見/チェコ大統領府(プラハ城)〜1400

 共同記者会見打合せ

協議終了後、麻生総理、クラウス大統領、バローゾ委員長の3名による共同記者会見が行われ、っそれぞれの首脳から、会議の成果に関する説明が行われました。その後、日本メディアとチェコ・メディアから、気候変動問題、核廃絶を巡る日欧の考え方などについて質問がなされました。

●1420〜環境関連シンポジウム/ヒルトン・プラハ〜1440

EUとの一連の首脳会談等の行事を終えた後、今度は場所をプラハ市内のヒルトン・ホテルに移して、日本企業とチェコ企業が共同で開催している環境関連のシンポジウムに短時間参加しました。ここで、麻生総理はスピーチを行い、現在の金融機器というピンチをチャンスに変えていくことjの重要性を訴えました。また、チェコが生んだ偉大な二人の作曲家、ドボルザークとスメタナと、その二人が作曲した「新世界」、「わが祖国」という曲に触れて、低炭素革命という「新世界」を作り、環境エネルギー技術での日・チェコ協力を進めていくことによって、地球という共通の「わが祖国」を築き上げていこう、という力強いメッセージを述べられました。

●1530〜記者ブリーフ/宿舎

その後、総理車列とともに宿舎に戻り、私は総理一行と一時離れて、総理に同行している記者団の皆さんに対して、日・EU定期首脳協議の結果について、政府を代表してご説明しました。非常に多岐にわたる協議でしたので、記者の皆さんからも、非常に幅広く、かつ詳細なやりとりの様子について、多くのご質問をいただきました。次の日程までの限られた時間内でのご説明でしたので、若干駆け足になってしまいましたが、記者の皆さんからのご質問には全てお応えした上でブリーフの会場を離れることができました。

●1610〜第一次世界大戦戦勝記念碑訪問・献花/エマウジ修道院下広場〜1620

記者ブリーフを終えた後、急いで総理一行と合流し、プラハ市内にある第一次世界大戦戦勝記念碑を訪問し、総理による献花に参列しました。短時間でしたが、記念碑への献花は、儀仗兵に見守られながら、厳粛な静寂の中で進められました。

●1700〜現地在留邦人との懇談/宿舎〜1720

参加者の皆さんと記念撮影

プラハでの公式日程をほぼ終了したところで、最後に、現地で頑張っておられる在留邦人の代表の方々との懇談をホテルの最上階にあるホールで行いました。皆さんから、企業活動のみならず、文化面でも精力的にご活躍されている様子を直接うかがうことができ、とても心強く感じました。
会場は、宿舎の最上階ということもあり、宿舎近くのプラハの美しい町並みや丘の上にそびえ立つプラハ城が一望できました。プラハでも非常に忙しい日程でしたが、最後に、すこしくつろいだ雰囲気の中で、プラハの町並みを楽しむことができました。

●1900〜ルズィニエ国際空港(プラハ)発→テーゲル国際空港(ベルリン)へ〜2005

プラハでの一連の日程を終えたばかりですが、早速、次の訪問地であるベルリンに移動です。プラハからベルリンまでは約1時間のフライトで、水平飛行の時間はたったの15分。あっという間に、ベルリンのテーゲル国際空港に到着しました。ベルリンでもいろいろな行事が待っていますが、今度ばかりは、機内で作業をすることはできませんでした。

●2030〜夕食会/駐独大使公邸

ベルリンでは、明日、駆け足で多くの日程をこなさねばなりませんので、今日は、まず大使公邸にお伺いして、少しリラックスしたムードの中で、明日の一連の日程に備えた打ち合わせを行いながら、夕食をいただきました。大使公邸は、ベルリン市内の中心部近くに、大使館と隣接したところにありましたが、とても立派で歴史もある建物ということで、楽しく有意義なひとときを過ごさせていただきました。


5月5日(火) ドイツ・ベルリン→羽田

●0920〜打合せ/宿舎

今日の政策スピーチの最終点検を行いました。

●1000〜麻生総理の政策スピーチ/フンボルト大学ゼナーツ・ザール〜1045

ドイツでの最初の公式日程は、ベルリン中心部にあるフンボルト大学での欧州政策に関するスピーチで始まりました。
フンボルト大学は、哲学者ヘーゲルや細菌学者コッホなど、偉大な研究者を多数排出したヨーロッパ有数の名門大学です。日本との関係も古く、森鴎外や北里柴三郎などもこの大学でかつて学んだそうで、93年には、天皇皇后両陛下もご訪問されています。
総理のスピーチは、世界経済・金融問題、気候変動問題、テロとの戦いといった主要な国際社会の問題に対する日本の取り組みを詳しく紹介しながら、その中で日本とドイツをはじめとするヨーロッパが協力しながら様々な問題に対処してきたことを説明し、今後の日欧協力の一層の推進を訴えるものでした。スピーチには、フンボルト大学関係者にとどまらず、ドイツの産業界やベルリン日独センターで文化交流に携わる関係者なども参加され、活況を呈しました。スピーチの後には、質疑応答セッションも設けられ、日独協力に関する総理の考え方や日本の経済対策、気候変動問題への取り組みについて質問がなされました。最後は、大きな、割れんばかりの拍手の中、総理は会場を後にされました。

●1230〜歓迎式典/ドイツ首相府前庭〜1245

スピーチの後は、一度、短時間宿舎に戻って最後の打ち合わせを行った上で、メルケル・ドイツ首相との首脳会談のため、ドイツ首相府へと移動しました。まずは、ドイツ首相府の前庭で、儀仗兵らによる歓迎式典が行われました。朝から、時折小雨がぱらつく天気でしたが、歓迎式典は何とか雨に妨げられずに、整然ととり行われました。

●1245〜日独首脳会談(ワーキングランチ)/ドイツ首相府・首相プライベート食堂〜1400

全員は参加できません。写真は待機者の昼食風景。日独首脳会談は撮影禁止でした。

歓迎式典後は、首相府内の、メルケル首相のプライベート食堂に場所を移して、日独首脳会談がワーキングランチ形式で行われました。メルケル首相と総理は、昨年10月の北京でのASEMの際や、2度にわたる金融サミットの場などに顔を合わせていることもあり、会談は、冒頭からうち解けた雰囲気の中で始まり、世界経済・金融問題、気候変動問題、新型インフルエンザ対策、国連安保理改革、北朝鮮やアフガン・パキスタン等の地域情勢など、非常に幅広い意見交換が行われました。再来年には日本とプロイセンが修好通商条約を結んでから150周年という記念すべき年を迎える日独関係を、今後いっそう緊密なものとして、ともに国際社会の問題に取り組んでいこうという、日独双方の前向きな姿勢が反映された実りの多い会談となったと思います。

●1400〜日独首脳共同記者会見/ドイツ首相府会見場〜1420

首脳会談終了後、首相府の会見場で、日独両首脳による共同記者会見が行われました。麻生総理からは、今回の首脳会談は大変有意義な会談となったとの印象が述べられ、今後、会談の成果をふまえて、日独協力・連携の一層の強化をはかりたいとの意気込みが述べられました。また、その後の質疑応答では、アフガニスタン・パキスタン問題での日独協力の今後の方向性や日独両国の経済対策などについて質問を受けました。今回の会談での良い雰囲気が、会見場にもうつったのか、非常に前向きな日独協力の方向性を両首脳が口をそろえて説明されていたことが印象的でした。

●1515〜記者ブリーフ/宿舎

首脳会談から宿舎に戻ったら、急いで、首脳会談の成果について記者団の皆さんにお伝えしなければなりません。宿舎到着後、総理一行から離れ、早速打ち合わせを行って、記者ブリーフに向かいました。今回も、とても短い日程の隙間を活用しての記者ブリーフでしたが、気持ちは急ぎながらも、きちんと明確に会談の様子をお伝えするよう、誠実に説明を行うように心がけました。

●1600〜ケーラー独大統領表敬/ドイツ大統領官邸〜1700

記者ブリーフを終えたのは、ケーラー大統領表敬に向けて宿舎を出発する時間の直前でしたので、総理とは宿舎の出発ロビーで合流することとしました。大統領表敬に関する、直前の打ち合わせには残念ながら参加できませんでした。
ケーラー大統領への表敬では、経済問題が話題の中心となりました。ケーラー大統領は、もともとドイツ政府の経済分野で大変ご活躍された経歴をお持ちで、とても和やかな雰囲気でしたが、ざっくばらんな意見交換が行われ、大変有意義な表敬となりました。

ケーラー大統領への表敬では、世界経済・金融危機問題を中心に意見交換が行われました。ケーラー大統領からは、格付機関などの国際金融機関に対しては適切な規制が必要であり、現在の金融危機を克服するためには世界的な国際収支の不均衡などの根本的な問題を十分に考慮していかなければいけない、との見解が示されました。これに対して麻生総理は、15兆円規模の「経済危機対策」などの日本の取組を紹介した上で、財政の持続可能性を確保する必要性にふれつつ、危機克服に向けて、ドイツなどと力を合わせて取り組んでいく決意を示しました。また表敬の最後に、麻生総理とケーラー大統領は、自由、民主主義といった基本的な価値を共有し、また「ものづくり」重視という共通点を持つ国として、日独両国がさらに協力を強化していくことに合意しました。
ケーラー大統領は、ドイツの経済省や財務省で勤務し、ドイツ財務省では次官まで務められ、さらには欧州復興開発銀行(EBRD)総裁や国際通貨基金のトップ(専務理事)といった国際金融機関の要職を歴任された、経済・金融問題に関する経験と見識は世界でトップクラスに入る方です。このケーラー大統領と、昨年来、2回の金融サミットで、世界の金融危機克服に向けた対応のあり方に関する議論をリードしてきた麻生総理との間で行われた意見交換は、両首脳の深い洞察に裏付けられた、とても中身の濃いものとなりました。横で伺っていて、非常にかみ合った、聞き応えのある議論であったと、強い感銘を受けました。

●1745〜チェックポイント・チャーリー及び壁博物館視察〜1805

ベルリンでの一連の会談を終えて、宿舎から少し離れたところに位置する「チェックポイント・チャーリー」と、そこに隣接する「壁博物館」への総理の視察に同行しました。
「チェックポイント・チャーリー」は、第二次世界大戦後の冷戦期、ベルリンが東西に分断されていた時期に、ベルリン市内の東西の境界線上に置かれていた国境検問所です。「チャーリー」という検問所の名前は、人名などから取られたものではなく、ABCの「C」を表現するための通称のようなものだそうで、つまり「3つ目の検問所」という意味でつけられたものということでした。現在は、冷戦時代に「ベルリンの壁」が建てられていた跡を路上に白い煉瓦で印が付けられ、かつての東西分断の歴史を物語る旧跡となっています。また、検問所跡地のすぐ横にある、ベルリンの壁を越えて西側に渡ろうとした人々の様子を克明に紹介する「壁博物館」も併せて視察し、壁を越えるために使用された人を隠せる車両や地中にトンネルを掘るための道具、さらには空から壁を越えるために使用された気球など、多くの展示品を拝見しました。
本当につい最近と言えるほどの過去まで、人々を分断する壁がここに現実に存在し、多くの悲しい物語を生み出してきました。この場所を訪れて、自由と相互理解の大切さ、そして、そうした重要な価値を守るという、政治家や政府が負う責任の重さを改めて感じ、身が引き締まる思いでした。

●1815〜夕食/テオドア・トゥーハー

「チェックポイント・チャーリー」他の視察を終えた後、市内のブランデンブルク門のすぐそばにあるレストランで、総理夫妻、神余大使夫妻や主要随員の皆さんと夕食をすませました。

●2100(現地時間)〜テーゲル国際空港(ベルリン)発→羽田空港へ

夕食の後、宿舎にとんぼ返りし、20分程度の短時間で急いで荷物をまとめて、テーゲル国際空港へと向けて出発しました。ベルリンでの滞在を惜しむ余裕もなく、ばたばたとベルリンを後にしました。


5月6日(水) 麻生総理の欧州出張

●1440(日本時間)〜羽田空港着

ベルリンから羽田までは、約10時間半のフライトでした。時差の中で多忙な日程をこなしましたので、機内では旅の疲れを少し落として、また日本でのいろいろな業務に備えねばなりません。余りゆっくりすることもできませんでしたが、少し余裕をもってこの4日間の出張を振り返りながら、明日以降の国会対応などに向けて気を引き締めなおしました。

感想

今回は、先月末の中国訪問からほとんど間を開けず、ヨーロッパを訪問するという強行日程の中、麻生総理の海外出張に同行しました。今回で、早くも12回目の総理外遊への同行となります。これまでの慣例にとらわれず、総理の海外出張には毎回私が同行することとなってから7ヶ月になりますが、「百年に一度」といわれる経済危機の中ということもあってか、異例の頻度で外遊をこなす麻生総理のタフさには、毎回、本当に驚かされています。私自身も、元気な麻生総理の下で進められる外交を、陰ながらしっかり支えることができるよう、全力で頑張ってついて行っています。

今回のチェコ・ドイツ訪問は、EUとの定期首脳協議への参加を主眼として行われたものです。これまでも非常に良好で緊密な協力関係を維持してきているヨーロッパ諸国との関係は、良好に進められてきたが故に、ともすれば「良好で当たり前」という考えに陥ってしまいがちです。しかし、今回、EU、チェコ、ドイツの首脳との会談に同席して、良好な関係であるからこそ、その関係を維持・発展させていくには、首脳レベルを中心に、率直で建設的な意見交換をきちんと続けていかなければならない、ということを感じました。

特に、世界経済・金融問題や気候変動問題、新型インフルエンザ対策、テロ・海賊対策、核兵器の廃絶に向けた取組みなど、列挙すればきりがないほど多くの課題について、国際社会が協力して進めていかねばなりません。その中で、ともに自由や民主主義といった価値観を共有できるヨーロッパと日本は、本当に多くの問題について、今まで以上に協力と連携を強めていかねばなりません。今回のヨーロッパ訪問を通じて、長い歴史を通じて培われてきた日欧関係をさらに有益なものとしていくために、たゆまぬ努力を続けていく必要性を改めて認識しました。

GW期間中は、2度の総理外遊があり、なかなか地元の皆さんとゆっくりお会いする機会を作れず、ご心配とご迷惑をおかけしておりますが、世界が様々な難しい問題を抱える中、麻生総理の下、日本を今まで以上に強く、明るい国にしていくため、微力ながら、日々精一杯努力を続けています。日本に帰国してからも、皆さんの生活を支えるための平成21年度補正予算を巡る国会審議が本格化します。補正予算関連法案、国民年金法案、海賊対処法案など、重要法案も成立させていかねばなりません。これからも、決して気をゆるめず、手を抜かず、一つ一つの政策を着実に実行に移して、国民生活の安心と安全を守り、何よりも日本を国民の皆さんが幸せを感じられるような国にしていくため、麻生総理を支えて頑張っていく決意です。

●1600〜総理勉強会/総理公邸

帰国したばかりで、「旅の垢を落とす間もなく」という表現がぴったりという感じですが、羽田空港についてから、早速、明日の予算委員会での補正予算を巡る質疑に向けて、総理勉強会が行われました。麻生総理のタフさには、本当にびっくりです。


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