議院運営委員会・国会対策委員会2006

2006(平成18)年7月

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7月28日(金) 日本(成田)に無事に到着

▼海外視察の様子は概ね下記の通りですが、議論された詳細については事務局と整理して改めて語報告します。

写真右にあるように赤い矢印線が飛行してきたコースです。長い長い12時間でしたが、機内ではキャビンスーパーバイザーの津島佐智さんに大変お世話になりました。最初に挨拶された一言は、「私は横浜市金沢区在住です。瓦版を拝見していますよ」で、ビックリしました。世の中狭いものですね。お蔭様で機内ではお行儀良くしてきたつもりなのですが、いかがだったでしょうか・・・。

さてさて、今回の視察で感じたことは、どこの国のやり方が最も正しいということができないことでした。各国がそれぞれの歴史伝統にのっとり議会運営をしてきていますので、国民数と比較して日本よりもたくさんの国会議員がいるところもあれば、議員年金の制度が充実しているところもあります。しかし、民主主義にかかるコストについては、国民の理解が無ければ認められないことだけは間違いがありません。我が国の議会制度をさらに合理的に、しかも充実することができるよう努力していきたいと思います。


7月27日(木) フランス(パリ)→日本(成田)/機内泊

●1000〜フランス議会関係者からのヒアリング/下院事務局

フランス国民議会(下院)のカウア立法総局長とレスコ議長事務局課長からフランス国会議員の処遇などについて聴取しました。

●1300〜駐フランス飯村大使との懇談会/大使公邸

在フランス日本国大使館の飯村豊特命全権大使に昼食懇談会にお招きいただきました。これまでの視察の様子について報告すると共に、得た情報を正しく理解するために幅広い意見交換が行われました。

●1905〜パリ発JA406便→成田へ

帰国の途に着きました。JL406便で成田に向かい出発です。所要時間は約12時間。サマータイムなので時差は7時間ということになりますが、帰ると一日損してしまうような気分になります。


7月26日(水) イタリア(ローマ)→フランス(パリ)/ル・グランドHインターコンチネンタル・パリ

●1300〜ローマ発AF1505便→●1510〜パリ着

朝8時30分までにバッグ回収とのことで朝から大慌て。10時30分にホテルを出発し空港へ向かい、昼食は空港でサンドイッチ。13時00分ローマ発AF1505便でパリへ約2時間10分のフライト。今日は移動だけで終わりです。


7月25日(火) イタリア(ローマ)/エクセードラHローマ

●1030〜国会議場視察

上院本会議場にて日本から衆議院議員団が視察に来ていることが紹介され、皆さんから大きな拍手を頂戴しました。

●1115〜カプリーリ上院副議長会談

●1200〜ディーニ上院外務委員長会談

●1930〜駐イタリア中村大使との懇談会/大使公邸


7月24日(月) スペイン(マドリード)→イタリア(ローマ)/エクセードラHローマ

●1230〜バレーロ・スペイン日本友好議員連盟副会長らと会談

写真右が本会議場の雛壇です。議員の各議席にはパソコンがセットされており、大変合理的な審議がなされているように思えますが、突っ込んで話を聞くと全体の議題資料よりも各自の個人資料を確認するために使っているようでした。日本流の本会議ではほとんど要らないと思います。

●1610〜マドリード発IB3678便にて→●1830〜ローマ着


7月23日(日) スペイン(マドリード)/Hビジャマグナ

●1100〜トレド市内カテドラル等視察

●1830〜駐スペイン島内(しまのうち)大使との懇談会/大使公邸


7月22日(土) ポルトガル(リスボン)→スペイン(マドリード)/Hビジャマグナ

●1030〜リスボン発IB3111便→●1240〜マドリード着

●1600〜プラド美術館等視察


7月21日(金) ポルトガル(リスボン)/Hル・メリディアン

●1000〜オビドス視察

●1300〜ナザレ、シントラ、ロカ岬視察

●2000〜Clube de Fado 夕食会


7月20日(木) ポルトガル(リスボン)/Hル・メリディアン

●0910〜原大使と打合せ

●1030〜ガマ・ポルトガル国会議長への表敬訪問と会談/国会

●1130〜国会議場の視察

●1200〜ポルトガル議院運営委員会との会談

●1230〜ポルトガル議運招待昼食会

●1400〜議員執務室及び事務室視察

●1500〜ベレン地区及びバイシャ地区の視察

●1900〜駐ポルトガル原大使との懇談会/大使公邸


7月19日(水) 日本(成田)→オランダ(アムステルダム)経由→ポルトガル(リスボン)/Hル・メリディアン

≪衆議院議会運営委員会の「欧州各国における議会制度等の調査」のため公務出張≫

●1245〜成田発JL411便→●1745(現地時間)〜アムステルダム着

JL411便にて約12時間のフライトです。アムステルダムでトランジット、ポルトガルのリスボンへ向かいます。

●1905〜アムステルダム発TP661便→●2055〜リスボン着

TP661便に乗り換えて約2時間50分のフライトでようやくリスボンに到着。22時に宿舎のル・メリディアン・パーク・アトランティックに到着しましたが、本日は移動のみ。 明日の日程の確認を終えて、早々に就寝。


7月10日(月)雨曇り

●1200〜衆議院議長主催チュニジア共和国外務大臣との昼食懇談会/議長公邸

衆議院議長公邸にチュニジアのアブダッラー外務大臣、ハンナシ駐日大使らが訪問されました。チュニジアの国土は約16万Kuで我が国の約5分の2の広さです。人口は約994万人でアラブ系が98%、ベルベル人等が2%。一人当たりのGDPは2,240米ドル(2003年)。公用語はアラビア語ですが、フランスの植民地時代以降フランス語は全土で通じます。1956年のチュニジア独立以来、日本と良好な二国間関係を維持しており、2006年は外交関係樹立50周年の慶節年を迎えています。我が国はフランスと肩を並べる主要ドナー国で、ベン・アリ大統領が国賓として訪日した1996年から円借款の年次供与国として位置づけ、同国の経済社会開発に協力しています。
私は河野洋平議長に随行し、今年1月にチュニジアを訪問しましたが、そのとき開催された「第4回日本とイスラム世界との文明間対話」で河野議長はオープニング・スピーチを行いました。アブダッラー外務大臣とはその時もお目にかかりましたので、大変懐かしく思いました。


7月7日(金)小雨曇り

●1800〜亀井久興君の国会議員在職25年を祝う会/ホテルニューオータニ

かつて大勇会(河野洋平グループ)のメンバーとして共に活動してきた亀井久興(ヒサオキ)先生の国会議員在職25年を祝う会がホテルニューオータニで盛大に開催されました。亀井久興先生は当時郵政関係政策推進のリーダーでした。しかし昨年の郵政民営化に反対し、自民党から出ざるを得ない状況になりました。同志、親友である河野洋平議長も「今日は議長としてではなく、同志としてお祝いに駆けつけた」と挨拶されました。


7月6日(木)小雨曇り

●1600〜議長へ報告/議長公邸

昨日までの中国出張について報告するため、佐田委員長と共に議長公邸に向かい、河野洋平議長に第二回日中議会交流委員会の様子について詳細な報告がなされました。


7月2日(日)〜5日(水)

●第2回日中議会交流委員会/北京

すみません。昨晩帰国し、写真だけ整理したら翌朝になってしまいました。急いで報告書をまとめます。
結論としては会議は成功。次回に向けて次の3点、@議会交流メカニズムの連続性(来年は日本)、A多チャンネルでの交流、B若手議員交流の促進、以上が確認されました。
最終日の7月5日はテポドン騒ぎに驚きました。帰りの北京発成田行きのフライトは午後3時ころ(現地時間)に出発でしたが、夕刻7発目のミサイルが我々の搭乗する飛行機のそばを飛んでいたのですね。これには毅然たる態度で北朝鮮に臨まなければなりませんが、外交における対話の重要性をさらに感じました。

7月2日(日)

●1035〜成田からNH905便で北京へ

●夕刻〜宮本雄二大使と夕食会/在中日本大使公邸

7月3日(月)

●0900〜第2回日中議会交流委員会・第1セッション/人民大会堂(北京の間)

●1330〜故宮博物院視察

●1600〜第2回日中議会交流委員会・第2セッション/人民大会堂(北京の間)

●1800〜路甬祥中国全人代常務委員会副委員長主催夕食会/人民大会堂(マカオの間)

7月4日(火)

●0930〜八達嶺万里の長城視察

●1200〜王雲龍中国全人代中日友好小組主席主催昼食会/全聚徳(北京ダック料理店)

●1415〜北京城市企画館視察・オリンピック計画等

●1600〜呉邦国中国全人代常務委員会委員長表敬/人民大会堂内

●1715〜唐家璇国務委員と会見/人民大会堂内

●1930〜邦人記者との会見/日本大使館広報文化センター

●2000〜団員・衆院事務局・全人代事務局の打ち上げ

7月5日(水)

●0900〜劉延東全国政治協商会議副主席との会見

●午前中〜ホテルの近所でお土産購入

●1500〜北京から成田へ


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